アミューモーネー
アミュモネ · アミューモネー · Amymone
ダナオスの五十人の娘の一人。水を探すうちにポセイドーンに助けられ、レルネーの泉の在処を知った。姉妹のなかで唯一、独立した物語と豊かな図像を持つ。
解説
概要
アミューモーネー(Ἀμυμώνη / Amymōnē)は、アルゴス王ダナオスの五十人の娘たち——ダナイデス——の一人である。ポセイドーンとの間にナウプリオスを生み、レルネーの泉の由来に名を残した。
五十人のうち、夫殺しの一夜から切り離された独自の物語を持つのは彼女だけである。名は「非の打ちどころのない」を意味するアミュモーンに由来し、この語義から、夫を殺さなかった唯一の娘ヒュペルムネーストラーと本来は同一の人物だったとみる説もある。ただしアポロドーロスは彼女をエンケラドスの妻とし、初夜に夫を殺した側に数える。名と役割が噛み合っていない。
神話・物語
背景はアルゴスの水である。ヘーラーとポセイドーンが土地の領有を争ったとき、河神イーナコスはヘーラーに有利な判定を下した。怒った海神はアルゴリスの水を涸らす。ダナオスは娘たちを水源探しに遣わした。
歩き回っていた彼女は一頭の鹿を見つけ、槍を投げる。槍は逸れ、眠っていたサテュロスに当たった。目を覚ましたサテュロスが襲いかかり、彼女の叫びに応えてポセイドーンが現れ、三叉戟を投げて追い払う。
そのあとの筋は資料で分かれる。アポロドーロスは、ポセイドーンが彼女にレルネーの泉の在処を教えたとだけ記す。ヒュギーヌスでは、海神がその場を三叉戟で突くと水が湧いた。さらに別の版では、岩に突き刺さった三叉戟を彼女自身が抜くよう命じられ、抜いた跡から泉が噴き出す。泉ははじめアミューモーネーの名で呼ばれ、のちにレルネーの泉と呼ばれるようになった。彼女が生んだナウプリオスは、港市ナウプリア(現ナフプリオ)の名祖となる。
この泉には続きがある。パウサニアースによれば、アミューモーネー川の水源のかたわらに一本のプラタナスが生えており、ヒュドラーはその木の下で育った。彼女が得た水源は、そのままヘーラクレースの第二の功業の舞台になる。
アイスキュロスは、『救いを求める女たち』を含む三部作のあとに上演するサテュロス劇として『アミューモーネー』を書いた。四十九人の殺害という重い主題を扱った直後に、同じ一族の娘とサテュロスの追跡劇を笑いとして置く——古典期アテーナイの上演がこの姉妹たちをどう扱ったかを示す配置である。作品そのものは散逸した。
図像と象徴
持物は水瓶(ヒュドリア)である。前5世紀のアッティカ陶画で彼女は繰り返し描かれ、ダナイデスのなかでは突出して図像が多い。水を汲みに来た娘をサテュロスたちが追い、あるいはポセイドーンが現れるという構図で、サテュロス劇の流行と重なって好まれた主題であった。
本ページの主画像は、前440〜430年頃のアッティカ赤絵式ペリケー(ポリュグノートスの絵師の周辺、アグリジェント考古学博物館)で、泉のかたわらの彼女にポセイドーンが近づく場面を描く。ケラメイコス出土のオイノコエー(アイソーンの絵師、同時期)では、四人のサテュロスに囲まれた姿が表される。
ローマ期には床モザイクの主題となり、キプロスのパポス「ディオニュソスの家」やセビーリャのアンティクアリウムに作例が残る。水を張った空間を水源の娘が飾るという選択は、テーテュースのモザイクと同じ発想である。
なお、彼女の水瓶は姉妹たちの水瓶と対をなしている。冥界の四十九人が注いでも満たされない甕を抱え続けるのに対し、彼女の瓶は水そのものを地上に生じさせた。同じ道具が、罰と恵みの両方を担っている。
系譜と関係
父ダナオス。アポロドーロスは母をエウローペーとし、同母の姉妹にアウトマテー、アガウエー、スカイアーを挙げる。夫はエンケラドスともリュンケウスともいわれ、後者を採る系譜では彼女がヒュペルムネーストラーの位置に立つ。子はポセイドーンとの間のナウプリオス。
河神イーナコスの娘でイーオーの姉妹にあたるニュンペーのアミューモーネーも伝えられており、両者は早い時期に混同された可能性がある。
文化的足跡
レルネーはアルゴリス湾に臨む古い祭祀地で、青銅器時代の遺構が確認されている。アミューモーネーの泉と川の名は古代を通じて記録され、プリニウスやオウィディウスも言及している。神話が土地の水系そのものに名を与えた例であり、アルゴスを「水に富む地」と呼ぶ定型句の背後にある。