ジウスドラ
ジウスドゥラ · Zin-Suddu · クシストロス
シュメールの洪水神話の主人公。シュルッパクの王として大洪水を生き延び、神々から永遠の命を与えられてディルムンに住まわされたと伝えられる。
解説
概要
ジウスドラ(𒍣𒌓𒋤𒁺)は、シュメール語で伝わる洪水神話の主人公である。名は「命長き者」と解される。シュメール王名表のうちWB-62と呼ばれる系統は、彼をシュルッパクの王、大洪水以前の最後の王として記し、父ウバラ・トゥトゥから王権を継いだと伝える。統治は十サル(一サルは3600)と記されるが、これは十年の誤写とみられている。名を挙げたのちに王名表は「そして洪水が押し寄せた。洪水が押し寄せたのち、王権が天から降されると、王権はキシュにあった」と続ける。
シュルッパク(現テル・ファラ)、ウルク、キシュなどの遺跡には、放射性炭素年代で前2900年頃とされる河川洪水の堆積層が確認されている。マックス・マローワンはこれを根拠に、ジウスドラを実在の都市を治めた先史の支配者とみる立場をとった。ただし洪水層の存在は各地の局所的な氾濫を示すにとどまり、王名表の記述をどこまで史実と結ぶかについては慎重な見方も強い。
神話・物語
物語を伝えるのは、前17世紀の書体をもつ断片的な一枚の粘土板である。1914年にアルノ・ポーベルが刊行したこの文書は、今日エリドゥ創世記と呼ばれる。前半で人間と動物の創造、そしてエリドゥ、バド・ティビラ、ララク、シッパル、シュルッパクという最初の五都市の建設が語られたのち、欠損をはさんで神々が人類を滅ぼすと決したことが分かる。エンキはシュルッパクの王ジウスドラに大船を造るよう告げるが、その指示を記した箇所も失われている。
再開する記述は洪水そのものを描く。嵐は七日七夜にわたって荒れ、「巨船は大水のうえに翻弄された」。やがて太陽神ウトゥが現れると、ジウスドラは窓を開けてひれ伏し、牛と羊を犠牲に捧げた。さらに欠損をはさみ、洪水の去ったのち彼はアンとエンリルの前にひれ伏す。二神は彼に「永遠の息」を与え、ディルムンに住まわせた。詩の残りは失われている。
末尾近くの一節は他の版に見られない要素を含む。「ジウスドラ王は……KUR ディルムン、日の昇る場所に住まわされた」。シュメール語の KUR は「山」を原義とし、そこから「異国」「土地」の意へ広がった多義語である。サミュエル・ノア・クレイマーはこの点を論じており、当該の句は「渡り越えの山、ディルムンの山、日の昇る場所」とも訳しうる。
図像と象徴
ジウスドラを描いた古代の図像は知られていない。彼を伝えるのは図像ではなく文書であり、王名表の角柱と洪水物語の粘土板がその全てである。神々に対して犠牲を捧げる人間という主題は、のちのアッカド語版でくり返し語られたが、その場面をこの人物に結び付けて表した作例は確認されていない。
系譜と関係
同じ人物は伝承ごとに名を変える。アッカド語のアトラ・ハシース叙事詩ではアトラ・ハシース(「きわめて賢き者」)、ギルガメシュ叙事詩第11書板ではウトナピシュティム(「命を見出した者」)と呼ばれる。第11書板の23行目がウトナピシュティムに「シュルッパクの男」の称号を与えることは、両者が同一の人物像に発することを裏づける。ヘレニズム期にはバビロンの祭司ベロッソスがギリシア語でクシストロス(Ξίσουθρος)と綴り、その版ではインテルプレタティオ・グラエカによってエンキがクロノスに置き換えられ、方舟はアルメニアの山中に残っているとされた。
「シュルッパクの教訓」の後代の版や『ギルガメシュの死』、『古き支配者たちの詩』にも彼の名は現れる。クレイマーは、前3千年紀の半ばにはすでにジウスドラが文学の伝統のなかで由緒ある人物になっていたと述べている。
文化的足跡
大洪水を船で生き延びる人物という主題は、アトラ・ハシース、ウトナピシュティム、そして「創世記」のノアへと連なる。1872年、ジョージ・スミスがアッシュルバニパル図書館の粘土板から洪水の物語を読み解いたとき、その内容が聖書の記述と重なったことは大きな論争を呼んだ。ジウスドラの版はそのなかで最も古い層に属し、洪水神話の系譜をたどるうえで起点に置かれる。
領分・別名
親・配偶者・子までを表示(全体はフル系図ページへ)。実線=主要伝承/点線=異伝・別系統。