ウトナピシュティム
ウタ・ナピシュティム · Uta-napishtim · ウトナピシュティン
ギルガメシュ叙事詩に現れる洪水の生存者。神々から不死を与えられ、川の口に住まう。不死を求めて訪ねてきたギルガメシュに、洪水の顛末を語って聞かせる。
解説
概要
ウトナピシュティム(アッカド語 Uta-napišti、「命を見出した者」)は、ギルガメシュ叙事詩の第11書板に現れる洪水の生存者である。シュルッパクの王として大洪水を船で生き延び、神々から不死を与えられて世界の果てに住まうとされる。父はウバラ・トゥトゥ。シュメール語で同じ人物はジウスドラと呼ばれ、アトラ・ハシース叙事詩ではアトラ・ハシースの名で語られる。シュメール王名表の伝承にあてはめれば、彼は大洪水以前の王の系列の末尾に位置する。
彼が独立した神格として祀られた形跡はない。あくまで叙事詩の登場人物であり、洪水の記憶を保持する証人として物語のなかで機能する。しかしその語りは第11書板のほぼ全体を占め、メソポタミアの洪水伝承のうち最もよく知られた形をなしている。
神話・物語
エンキ(アッカド語ではエア)は、神々が洪水を決したことを葦の壁ごしにウトナピシュティムへ告げる。家を壊して船を造れ、財を捨てて命を得よという。船は「命を保つ者」と名づけられ、光が差し込まぬよう厚い木で組まれ、縦横高さを等しくし、内部は七層、各層を九つに区切って造られた。彼は家族と縁者、職人たち、そして獣と穀物を積み込み、扉を閉ざす。
嵐は昼を夜に変え、神々さえ怯えて天の高みへ逃れた。イシュタルは産みの苦しみを味わった者として人の子らを悼み、エンリルの決定を悔いる。水が引くと船はニシルの山に留まった。七日ののち彼は鳩を放つが、止まる場所がなく戻る。燕も同じであった。最後に放った鴉は戻らず、水の退いたことを告げた。彼は獣を放ち、山の頂で香を焚いて犠牲を捧げる。神々は供物のまわりに蝿のように群がった。エンリルは生き残りがあると知って怒るが、エアの言葉になだめられ、ウトナピシュティムとその妻に触れて祝福し、二人を神々のごとき存在に引き上げて川の口に住まわせた。
エンキドゥを失ったギルガメシュは、この不死の人を訪ねて世界の果てへ向かう。ウトナピシュティムは彼に、不死とは神々の会議が一度きり下した裁定であって求めて得られるものではないと説き、まず眠りに打ち勝ってみせよと課す。ギルガメシュはたちまち七日眠り込み、傍らに焼かれたパンがその日数を数えていた。憐れんだ彼は、海の底に生える若返りの草のありかを教える。ギルガメシュは草を得るが、帰路の水浴の隙に蛇が奪い去り、脱皮して去った。
図像と象徴
ウトナピシュティムを描いた確実な古代の図像は知られていない。彼を伝えるのは粘土板である。大英博物館が所蔵する新アッシリア時代の「洪水の書板」(叙事詩第11書板、アッシュルバニパル図書館出土)は、この人物の語りをそのまま記した現物であり、洪水伝承の資料としても図像に代わる象徴としても、しばしばこの名とともに示される。
系譜と関係
ジウスドラ、アトラ・ハシース、そしてベロッソスが伝えるクシストロスは、同じ人物像が言語と時代に応じて名を変えたものである。第11書板の23行目がウトナピシュティムに「シュルッパクの男」の称号を与えることは、この同定を裏づける。同じ書板のなかでエア自身が、自分はアトラ・ハシースに洪水を告げたのではなく夢を見せただけだと弁明する箇所があり、二つの名が同一の伝承に属することを、テキスト自身が示している。
文化的足跡
方舟に獣を乗せ、鳥を放って水位を測り、山に留まって犠牲を捧げるという一連の要素は、「創世記」のノアの物語と細部まで重なる。1872年にジョージ・スミスがこの書板を読み解いて発表したことは、聖書研究と古代オリエント学の双方に大きな衝撃を与えた。洪水神話の比較研究は、この重なりをどう説明するかという問いを軸に展開してきた。
領分・別名
図版で辿る
ギルガメシュ叙事詩 第11書板(前7世紀、大英博物館蔵)/撮影 BABELSTONE, CC0
図版はいずれもパブリックドメインまたは CC0。所蔵館・撮影者の表記は各図版のキャプションに従う。例: The Metropolitan Museum of Art, CC0/Wikimedia Commons のライセンス表記に準拠。