ズルワーン
ズルヴァーン · ザルワーン · ズルワーン・アカラナ
後期ゾロアスター教の一派ズルワーン主義における創造神。名は「時」を意味し、アフラ・マズダーとアンラ・マンユを双子の子として生んだとされる。
解説
概要
ズルワーン(Zurvān)は、後期ゾロアスター教の一潮流ズルワーン主義における創造神である。アヴェスター語のズルワン(zruuan-)は「時」「老い」を意味する普通名詞にすぎず、アヴェスターには目立たぬ形で二度現れるだけである。『ヤスナ』72.10で大気と風の霊とともに祈願の対象に並び、ヤザタの一覧には名がない。この語が絶対者の名として立つのは、後代の神学においてである。
時と空間、唯一の物質、運命、光と闇を司るとされ、性をもたず、感情をもたず、善悪のいずれにも傾かない中立の神とされた。
神話・物語
中世のゾロアスター教文献が伝える神話はこうである。世界のはじめには、ズルワーンだけがあった。彼は世界を治めさせるべき全き善なる者を生もうとして、長く供犠を続けた。だがあるとき、それが本当に叶うのかという疑いが兆す。この一瞬の迷いによって、生まれるべき子は二つに分かれた。全善のオフルマズド(アフラ・マズダー)と、全悪のアフリマン(アンラ・マンユ)である。
ズルワーンは、先に生まれた者に王権を与えると誓っていた。これを知ったアフリマンは自ら身を裂いて先に現れ出て、九千年の統治を得たという。世界はこの双子の戦場となった。もっとも、この筋を最も詳しく伝えるのは、5世紀アルメニアのコルブのエズニクをはじめとする非ゾロアスター教徒の記録である。
教義上の位置
この神格が立てられた事情については、有力な理解がある。本来の教義ではアフラ・マズダーが善悪の対立を超えた絶対者であり、善の霊スプンタ・マンユと悪の霊アンラ・マンユが双子とされていた。ところが後代にスプンタ・マンユがアフラ・マズダーと同一視されたため、双子の父としての絶対者の座が空く。ズルワーンはその空白を埋めるものとして立てられた、という説明である。
起源についてはなお諸説が並ぶ。アケメネス朝後期の信仰の多様化のなかで生じた分派とする説、ゾロアスター教以前のイランの神が取り込まれたとする説、バビロニアや東地中海の宗教との接触の産物とする説である。ギリシアの時の神クロノスの輸入とみるかどうかも決着していない。
図像と象徴
この神格を確実に表した図像はない。本サイトが主画像を掲げないのはこのためである。ローマのミトラス教に現れる獅子頭の有翼像をズルワーンと結びつける説が古くから唱えられてきたが、あの像はローマの密儀の文脈に属するものであり、イランのズルワーン信仰の造形とみなす根拠は乏しい。ルリスタン青銅器の一部をこの神とする説にも確証はない。時そのものを神とするこの信仰が、造形をほとんど残さなかったこと自体が、その抽象性を物語っている。
系譜と関係
子はアフラ・マズダーとアンラ・マンユ。ギリシア・ローマ世界では、永劫を意味するアイオーンの名でこの信仰が知られた。
文化的足跡
ズルワーン主義はサーサーン朝期に有力な潮流となったが、10世紀までに絶えた。内部の資料が乏しく、知られていることの大半はアルメニア語・シリア語のキリスト教徒による記録に拠っている。最古の証言は前4世紀のロドスのエウデモス『神学の歴史』にあり、ダマスキオスの引用を通じて伝わった。時間と空間を、敵対する光の神と闇の神の「父」とみなすペルシアの一派について記したものである。ヨーロッパがゾロアスター教に最初に触れたとき、これを一元論の宗教とみなしたのも、この潮流の記録を通してであった。