ウトゥック
ウドゥグ · Udug · ウトゥック
メソポタミアの霊のひとつで、善悪いずれにもなりうる曖昧な存在。悪しきウトゥックは病をもたらすとされ、これを祓う呪文集が長く書き継がれた。
解説
概要
ウトゥック(シュメール語 𒌜 udug、アッカド語 utukku)は、メソポタミアの霊のうち最も輪郭のはっきりしない一類である。この語はもともと善悪を含意せず、良きウトゥックと悪しきウトゥックの双方が語られた。ラガシュのグデア王(前2144〜前2124年頃)は、女神に対し、自らを守る「良きウトゥック」と道を導くラマを遣わすよう求めている。祓いの儀礼でも、良きウトゥックはしばしば加護を与える側として呼び出された。
一方、修飾語を伴わずに udug とだけ書かれた場合、通例は悪しきほうを指す。「悪しきウトゥック」はシュメール語でウドゥグ・フル、アッカド語でウトゥックー・レムヌートゥといい、病と災いの主要な担い手とされた。さらにこの語は、特定の一類ではなくメソポタミアの霊全般を束ねる総称としても用いられる。善悪いずれにも振れうるこの性格から、グレアム・カニンガムは「悪霊」よりもギリシア語のダイモーンの語のほうが適切だと述べている。
登場する物語
ウトゥックを主人公とする物語はない。その姿が見えるのは、もっぱら祓いの呪文のなかである。シュメール語とアッカド語の対訳呪文では、エンキの子アサルルヒが父に向かって悪しきウトゥックの正体を説明する。そこで挙げられるのは、暗い影、光の絶えた気配、毒、耳を聾する声といった特徴であり、これらはメソポタミアの霊一般に広く帰される属性でもある。
ジーナ・コンスタントプーロスは、この存在が「そうでないもの」によって定義されていると指摘する。古バビロニア期のある呪文は、悪しきウトゥックを「はじめから名で呼ばれることのなかった者」「姿をもって現れたことのない者」と述べる。名も形もないことがこの霊の輪郭であり、記述どうしがしばしば食い違うのはそのためである。
祓いの手続きを収める呪文集はウトゥク・フルと呼ばれ、前3千年紀のシュメール語文書から古代末期の写本まで書き継がれた。呪文は病の原因を悪しきウトゥックに帰し、アーシプがこれを患者から追い立てることで治癒を図る。良きウトゥックを悪しきウトゥックに差し向ける文言も見え、「悪しきウトゥックと悪しきガルラは退け。良きウトゥックと良きガルラは在れ」と唱えられた。
図像と象徴
コンスタントプーロスによれば、ウトゥックを描いたと確実に同定できる図像は今日まで見つかっていない。タリー・オルナンは、守護の女神ラマとともに笏を携える人物が円筒印章に現れることを指摘し、これをウトゥックとみる可能性を示した。フランス・ヴィッゲルマンは、ラマとウトゥックの像が対で戸口の守りに用いられたと論じている。いずれも推定にとどまり、当サイトが本項目に主画像を置かないのはこのためである。
姿を欠くことは、この存在にとって欠落ではない。名と形をもたないからこそ、あらゆる不調の原因として呼び出せたのだと解される。
関係する神格
祓いの場ではエンキとアサルルヒが対抗する側に立つ。冥界に属する霊とされ、ナムタル、ガルラ、ラマシュトゥといった個別の名をもつ存在も、広い意味でこの語のもとに数えられることがある。パズズもまた総称としてのウトゥックに含められ、人に害をなす一方でラマシュトゥを退ける守り手ともなる、両義的な性格を共有している。
文化的足跡
日本語で書かれた幻想事典の類には、ウトゥックの配下として多数の下位の悪霊を列挙するものがある。そこに挙がる名の多くは実際にアッカド語の呪文文書に現れるが、それらを一つの階層のもとに束ねる体系は古代の資料にはなく、近代の整理の産物である。同じ書物がしばしばラマッスやシェドゥを「善なるウトゥック」として並べるが、これらは本来、宮殿の門を守る有翼の獣像を指す別の系統の語である。