パズズ
パズス · Pazuzu
前1千年紀のバビロニア・アッシリアで知られた風の魔物。悪しき存在でありながら、女魔ラマシュトゥを退ける護符として家に掛けられ、妊婦が身に着けた。
解説
概要
パズズ(アッカド語 Pazuzu)は、前1千年紀のバビロニアとアッシリアで広く知られた風の魔物である。父は神ハンビとされ、「われはパズズ、ハンビの子、悪しきリールー魔たちの王」と自ら名乗る呪文が伝わる。
疫病を運ぶ風の擬人化とされる一方で、その醜怪さゆえに他の魔物を退ける存在ともされた。悪しきものであると同時に、悪しきものから家を守る——この両義性がこの魔物の要である。神々の系譜には属さず、神殿の祭祀の対象でもない。
登場する物語
パズズを主人公とする神話は残らない。その姿は物語ではなく、呪文と護符のなかにある。像の背面や粘土板に刻まれた文言は一人称で語られ、「揺れる大いなる山に登った」と、山々を越えて吹き渡る自分自身の移動を述べる。別の文言では、旅の途上で出会ったリールー魔たちの翼を折り、害をなせなくしたと語る。
最大の敵手は女魔ラマシュトゥである。ラマシュトゥは妊婦と乳児を襲い、流産と幼児の死をもたらすとされた。ウルク出土の儀礼文書は、流産を防ぐために女性へ青銅のパズズの護符を与えるよう指示する。アッシリアの儀礼文書は、病を追い払う手段としてパズズの頭部像を用いよと記す。パズズはラマシュトゥを冥界へ押し返す力をもつと考えられていた。
魔物を魔物によって退ける——という発想がここにはある。神への祈願とは別の系統の、実用的な対処法であった。
図像と象徴
造形は驚くほど一貫している。犬に似た顔に異様に膨れた目、鱗に覆われた体、蛇の頭をもつ男根、猛禽の爪、そして四枚の翼。右手を上げ左手を下げる姿勢をとることが多い。主画像に掲げたルーヴル美術館蔵の青銅像(高さ15センチほど、前1千年紀)が、最もよく知られた作例である。
護符としての頭部像が膨大に出土している。素材はテラコッタが中心だが、青銅、鉄、金、ガラス、骨のものもある。上部に孔や環をもつものが多く、妊婦が首飾りとして身に着けたと考えられている。円筒印章に取り付けられたものや、留め具として用いられたものもあり、墓から出土する例もある。石造の大型護符は壁に掛けられた。新アッシリアの町ドゥル・カトリンムでは、広間の床から一点が見つかっており、入口に向けて掛けられていたとみられている。
出土量の多さと、頭部像・護符・立像それぞれの規格の揃い方は、この魔物への信頼が広く共有され、しかも量産されていたことを示す。神殿の壮麗な図像ではなく、家のなかの実用品としての造形である。
関わる存在
父はハンビ。敵手はラマシュトゥ。眷属は風の魔物リールー。メソポタミアの信仰体系のなかでは、神と人のあいだにある存在——祓うべきものであり、同時に祓うために用いるもの——という位置を占める。同様に両義的な存在としては、フンババの面が家の入口を守った例が挙げられる。
文化的足跡
アッシリアとバビロニアの滅亡後、パズズの名は長く忘れられていたが、19世紀以降の発掘によって多数の像が知られるようになった。1973年の映画『エクソシスト』が、冒頭のイラクでの発掘場面と作中の悪魔にこの名を用いたことで、一般にも広く知られるようになる。ただし作品内の設定と古代の資料の内容は重ならない。
現代の創作では悪霊の代名詞のように扱われることが多い。しかし出土する像の大半は、家を守るために掛けられ、身に着けられたものである。
領分・別名
親・配偶者・子までを表示(全体はフル系図ページへ)。実線=主要伝承/点線=異伝・別系統。