サルペードーン
サルペドン · サルペードン · Sarpedon
ゼウスの子でリュキアの王。トロイア方に加勢し、パトロクロスに討たれた。父ゼウスは血の雨を降らせて悼んだ。
解説
概要
サルペードーン(Σαρπηδών / Sarpēdōn)は、ゼウスの子で小アジアのリュキアの王である。トロイア戦争ではトロイア方に加勢し、パトロクロスに討たれた。
この名で語られるのは一人ではない。エウローペーとゼウスの子でミーノースの兄弟とする系譜と、『イーリアス』が伝えるベレロポーンの娘ラーオダメイアとゼウスの子とする系譜があり、シケリアのディオドーロスは両者を祖父と孫として別人に分ける。名と役割が重ねられた結果、世代の合わない一人の人物ができあがっている。
神話・物語
前者の系統では、クレータで育った彼が美少年ミーレートスをめぐって兄弟ミーノースと争い、島を追われる。小アジアへ渡り、キリキア王キリクスに味方した見返りにリュキアの一部を得て王となった。ゼウスは彼に人間の三世代分の寿命を与えたという。この長寿の設定は、二人のサルペードーンを一人にまとめるために置かれたものとみられる。
『イーリアス』では、ベレロポーンの孫としてリュキア勢を率い、同じくベレロポーンの孫グラウコスを副将とする。初日にロドスの武将トレーポレモスを倒し、のちにギリシア軍の防壁の一部を崩して突破口を作った。
第16巻が彼の最期である。アキレウスの武具をまとって出たパトロクロスに立ち向かった彼を、ゼウスは救おうとする。だがヘーラーに、他の神々も同じことを始めればどうなるかと説かれて思いとどまり、代わりに天から血の雨を降らせた。神が自らの子の死を止められないというこの場面は、『イーリアス』における運命と神の関係を最も鋭く示す箇所として論じられ続けている。
倒れた彼の遺体をめぐって激戦になると、ゼウスはアポローンに命じて遺体を運び出させ、洗い清めてアムブロシアーを塗らせ、ヒュプノスとタナトスにリュキアへ運ばせた。眠る双子が死者を故郷へ返すというこの場面は、二柱の図像の代表的な主題となる。
図像と象徴
古代美術が描いたのは、ほぼ遺体の搬送である。本ページの主画像は前6世紀末のアッティカ赤絵式キュリクス(ニコステネースの絵師)の外面で、兜をかぶった有翼の二柱が彼の遺体を運び、左右から女たちが見守る場面を描く。
同じ主題では、既存のタナトスの項に掲げたエウプロニオスのクラーテール(前515年頃)が最も名高い。同一の場面が複数の名工によって繰り返されたことは、この主題が単なる一挿話ではなく、戦死者を故郷へ返すという願いの型として受け取られていたことを示している。
系譜と関係
系統によって親が異なる。エウローペーとゼウスの子とする版では、ミーノースとラダマンテュスの兄弟にあたる。『イーリアス』の版では母はラーオダメイア、祖父はベレロポーンであり、この場合クレータとの関係は失われる。クレータのディクテュスはラーオダメイアとクサントスの子とする。
副将グラウコスはリュキアの武将であり、ディオメーデースと客人の縁を確かめて武具を交換した人物である。海神グラウコスやシーシュポスの子グラウコスとは別人である。
ポセイドーンの子でヘーラクレースに殺されたサルペードーンも同名の別人である。
文化的足跡
小惑星(2223)サルペドンは彼にちなむ。木星のトロヤ群のうちトロイア方の陣営に属する小惑星群に含まれ、トロイア側の人物名を与える慣例に従っている。
彼の死の場面は、ホメーロスにおける神の力の限界を論じる際の定番の引用箇所であり、シモーヌ・ヴェイユの評論『イーリアス、あるいは力の詩篇』をはじめ、二〇世紀の『イーリアス』論でも繰り返し取り上げられてきた。