ラティーヌス
ラティヌス · Latinus
ラテン人とラティウムの名祖とされる王。ギリシアの伝承ではオデュッセウスとキルケーの子、ローマの伝承ではファウヌスとマーリカの子でラウレントゥムの王とされ、二つは系譜が合わない。娘ラウィーニアをアエネーアースに嫁がせた。
解説
概要
ラティーヌス(Latinus)は、ラテン人とその地ラティウムの名祖とされる王である。ギリシアの伝承ではオデュッセウスとキルケーの子とされ、ローマの伝承ではラウレントゥムを治めたラテン人の王として、アエネーアースに娘を嫁がせる。二つの伝承は系譜が合わず、一人の人物の生涯としてまとめることはできない。
神話・物語
ヘーシオドスの名で伝わる『神統記』の末尾は、ラティーヌスをオデュッセウスとキルケーの子とし、兄弟アグリオスとともに遠くテュルレーニア人を治めたと記す。ヒュギーヌスは、キルケーとテーレマコスの子とする。オデュッセウスとカリュプソーの子とする伝えもある。
ローマの伝承、とりわけウェルギリウス『アエネーイス』では、ラティーヌスはファウヌスとニンフのマーリカの子で、妻アマータとのあいだに娘ラウィーニアをもうけた。ラティーヌスはアエネーアースを平和のうちに迎えて娘を嫁がせようとしたが、ユーノーの介入によってルトゥリ人のトゥルヌスとの戦争が起こる。ラティーヌス自身は戦いに加わらず、和平を望み続けた。
リウィウスは別の伝えを記す。ラティーヌスはアエネーアースと戦って敗れた、あるいは戦わずに同盟を結んで娘を与えた。二人は連合してルトゥリ人と戦い、ラティーヌスはその戦いで死んだ。アエネーアースはトロイア人とラテン人を合わせてラテン人と呼び、この王の名を民の名として残したという。
図像と象徴
本サイトが掲げるのは、ギヨーム・ルイエ『著名人肖像集』(1553年)のラティーヌス像である。想像による近世の肖像であり、古代の図像ではない。
系譜と関係
父はファウヌス(ローマの伝承)、またはオデュッセウス(ギリシアの伝承)。母はマーリカ、あるいはキルケー。妻はアマータ、娘はラウィーニア、婿はアエネーアース。
領分・別名
親・配偶者・子までを表示(全体はフル系図ページへ)。実線=主要伝承/点線=異伝・別系統。