レーソス
レソス · レーソス · Rhesos
トラーキアの王。ムーサの子とされ、黄金の武具と白馬を携えてトロイアに加勢したが、到着した夜に討たれた。
解説
概要
レーソス(Ῥῆσος / Rhēsos)は、トロイア方に加勢したトラーキアの王である。ムーサの一柱と河神ストリューモーンの子とされ、母をエウテルペー、カリオペー、テルプシコラー、クレイオーのいずれとするかは資料で割れる。
彼の物語は短い。黄金の武具と白馬を携えて到着し、その夜のうちに眠っているところを殺される。女神の子でありながら一度も戦わずに死ぬ人物であり、トロイア戦争のなかでも異質な位置を占める。
神話・物語
エウリピデスに帰される悲劇『レーソス』は誕生を語る。ムーサたちがトラーキアの楽人タミュリスと歌を競うためにパンガイオン山へ向かう途中、一柱がストリューモーン河を渡るさいに河神と交わった。生まれた子はニュンペーに育てられ、長じてトラーキアの王となる。ストリューモーン河畔は古来の金の産地であり、彼が黄金に富む王として描かれる背景にはこの地誌がある。
『イーリアス』第10巻——ドロネイアと呼ばれる夜の巻——が彼の最期を語る。到着が遅れた彼は、本陣から離れた場所に陣を張った。捕らえられたトロイア方の偵察兵ドローンがその位置を白状したため、オデュッセウスとディオメーデースは彼の陣に忍び込む。旅の疲れで眠り込んでいたトラーキア兵十二人を斬ったあと、ディオメーデースは王を殺し、オデュッセウスは白馬を奪って戻った。
後代の伝承は動機を加える。彼の白馬がスカマンドロス河の水を飲みトロイアの草を食めばトロイアは陥落しない、という予言があったため、二人は到着したその夜を狙ったのだという。ホメーロスの語る奇襲が、運命を回避する行為として読み直されている。
母の嘆きの場面も残る。悲劇『レーソス』では、女神がペルセポネーから息子の魂を返してもらい、彼はトラーキアの洞窟に英雄神として隠れ住むことになるだろうと予言する。ロドペー山地では、死後も馬を飼い狩りをして暮らし、獣たちが自ら彼の祭壇へ犠牲となりに来ると語られた。疫病から人々を守る神でもあったという。彼がもともとトラーキアの神格であり、トロイア戦争の物語へ後から組み込まれたとみる根拠になっている。
前437年、アテーナイ人はアンピポリス建設にあたり、神託に従ってトロイアから彼の遺骨を運び、ストリューモーン河畔に葬ったとされる。植民市が土地の英雄を招き寄せた実例である。
図像と象徴
南イタリアの壺絵が主題としたのは、ほぼ例外なく夜襲の場面である。本ページの主画像は前4世紀のアプリア赤絵式ヴォリュート・クラーテール(ダレイオスの絵師、ベルリン古代美術館 AS1984-39)で、眠るトラーキア勢に忍び入る場面を描く。
眠っている者が殺される場面は、正面からの戦いを描くギリシアの英雄図像のなかでは例外的である。この主題が繰り返し選ばれたことは、夜の奇襲という『イーリアス』第10巻の異例さが古代にも意識されていたことを示している。
系譜と関係
父は河神ストリューモーン(あるいはエーイオネウス、河神ヘブロス)、母はムーサの一柱。妻はアルガントーニオス山で狩りをして暮らしていた乙女アルガントーネー。パルテニオスによれば、二人は狩りの仲間として親しくなり結ばれたが、出征を引き止められながら彼はトロイアへ向かい、討たれた。以後その河はレーソスと呼ばれたという。
なお、トローアス地方を流れるレーソス河の河神——オーケアノスとテーテュースの子——は同名の別人である。
文化的足跡
悲劇『レーソス』は、エウリピデスの名で伝わる作品のうち唯一『イーリアス』の一場面をそのまま劇化したものである。真作かどうかは古代からすでに疑われており、現存ギリシア悲劇のなかで作者問題が最も長く論じられてきた作品にあたる。