セルケト
セルケト・ヘティト · セルケト · セルクェト
蠍の毒から人を守るエジプトの女神。名は「喉に息をさせる者」を意味する。カノポス壺を守る四女神の一柱で、防腐処置の館の女主とされた。
解説
概要
セルケト(srqt)は、エジプト神話で蠍の毒から人を守る女神である。先王朝期の下エジプトで篤く祀られた。
名は「セルケト・ヘティト」を縮めた形で、「喉に息をさせる者」を意味する。「息を与える者」と読む解釈もある。毒による窒息と硬直を解く力が、そのまま名になっている。
神話・物語
領分は治癒と魔術と守護である。エジプトの毒虫は命取りになりうるものが多く、この女神は蠍の刺し傷にも蛇の咬み傷にも効くとされた。神々を蛇の魔物アペプから守る役も担う。
葬送における役割のほうが大きい。防腐処置を行う天幕の守り手であり、内臓を納める四つのカノポス壺を収める箱に描かれる四柱の守護女神の一柱である。ケベフセヌエフが壺を守り、そのケベフセヌエフをネイト、イシス、ネフティスとともに守るのがこの女神の務めであった。「美しき家の女主」——防腐処置の館を指す——という称号は、この職掌に由来する。
中王国の『二つの道の書』では、冥界の道の曲がり角を守る。アペプを縛り、封じ込めたのもこの女神の功とされた。
新王国期には母なる女神の一柱に数えられ、「大いなるセルケト、神なる母」と呼ばれる。古代西アジアにおいて蠍はしばしば母性の象徴であった。古王国の時点ですでに王を乳で養ったと語られている。ルクソール神殿に刻まれたアメンヘテプ3世の誕生の記録、そしてハトシェプストの葬祭殿では、ネイトとともにアメンと王妃の婚姻の床に付き添う姿で現れる。ホルス誕生の神話では、ネフティスとともにイシスを助け、幼い神を毒虫から守った。同じ神話で身重のイシスを守る七匹の蠍は、この女神の分身であるという。
やがてイシスと同一視され、図像も系譜も共有された末に、イシスの一相にすぎないものとされていった。
図像と象徴
本サイトが掲げるのは、エジプト学の慣行に沿って描かれた線図である。頭上に蠍を戴き、その尾はいままさに刺そうと構えている。一方の手にアンク、もう一方にウァス杖を持つ。
守るものと殺すものが同じ姿で表されるという点が、この女神の要である。頭に載る蠍は脅威そのものであり、同時に脅威を制する印でもある。
なお、蠍という同定そのものを疑う説がある。「息を与える者」という名が指すのは陸の蠍ではなく、水中で呼吸できるタガメ類(Nepidae、水生の「蠍」)ではないか、というものである。名の意味と獣の生態が、この説では直結する。
関わる神格・伝承
第1王朝には既に祭祀が確認され、サッカラ出土の葬送碑にその名が見える。最も盛んだったのは古王国期である。神殿は一つも知られていないが、先王朝期の王——蠍王1世、2世——にとっては、下エジプトの毒虫から身を守る重要な女神であった。
カノポスの守護四女神としては、ネイト、イシス、ネフティスと組む。この四柱の組み合わせは、エジプトの葬具にきわめて頻繁に現れる。
文化的足跡
ツタンカーメンの墓から出たカノポス厨子を飾る四体の女神像は、エジプト美術のなかでも最もよく知られた作例に属する。両腕を広げて厨子を抱く姿の一体が、この女神である。
2025年1月、サッカラでフランス・スイス合同調査隊が王宮の主席医師テティネブエフの墓を発見した。そこには彼が「薬草の監督にしてセルケトの呪術師」であったと記されている。毒を扱う知識と、この女神の名が、実在の医師の肩書として結びついていた。神話の女神が、職業の名のなかに残っている例である。