ミディール
ミディル · ミジル · ミゼル
アイルランド神話の神で、ブリー・レーヘの塚の主。オェングスの養父にあたり、エーディンを妻に迎えて、盤上遊戯の賭けで彼女を取り戻した。
解説
概要
ミディール(Midir、現代アイルランド語 Midhir)は、神話物語群に登場するアイルランドの神である。トゥアハ・デ・ダナーンの一員で、人間に敗れたのちはブリー・レーヘの塚——ロングフォード州のアーダ丘に比定される——に住むとされる。名は古アイルランド語で裁き手を意味する midithir に由来するとみられ、この語源に沿って裁定者の性格を読む解釈がある。
神話・物語
『エーディンへの求婚』の主人公である。彼は妻フアヴナハがありながらエーディンに恋し、養子オェングスの助けを借りて彼女を娶る。嫉妬したフアヴナハはエーディンを水に、虫に、そして緋色の蠅へと次々に変え、風を起こして七年のあいだ吹き飛ばし続けた。エーディンは杯に落ちてアルスターの女に飲まれ、千と十二年ののちに人として生まれ変わる。
物語はここから人間の時代へ跳ぶ。生まれ変わったエーディンは上王エオヒド・アレヴの妃となる。ミディールは彼女を取り戻そうとして王に盤上遊戯フィドヘルを挑む。銀の盤に金の駒、四隅に宝石を嵌めた盤である。彼はわざと負け続け、五十頭の斑の馬、五十頭の猪、三本角三つ首の羊といった法外な賭金を王に差し出し、湿地に土手道を築くといった難題まで引き受ける。そして最後の一番に勝つと、褒賞としてエーディンの抱擁と口づけを求めた。
一月後、ミディールは宮廷に現れて妃を抱き、二人は白鳥となって飛び去る。エオヒドはブリー・レーヘを掘り返して迫るが、ミディールはエーディンと寸分違わぬ五十人の女を並べ、一人を選べと言う。王が選んだのは、連れ去られたとき身ごもっていたエーディンが産んだ自分の娘だった。この誤りから生まれた娘の子が、のちの上王コナレ・モールである。
『リルの子らの最期』では「傲慢なミディール」と呼ばれ、リル、オェングス・オグ、イルヴレフとともに、トゥアハ・デ・ダナーンの王位をダグザの長子ボズヴ・ジャルグに譲る側に置かれる。『アハルネの客となること』では、吝嗇な詩人アハルネが彼の館に断食して迫り、来訪者を退ける三羽の魔法の鶴を奪い取る。
図像と象徴
古代の図像はなく、視覚像も伝わらない。しかし『エーディンへの求婚』は、姿の描写に異例の紙幅を割いている。栗毛の馬に乗り、緑の外套と赤い刺繍の上衣をまとい、肩から肩へ届く金の留め針を付け、背には金縁と銀の帯を張った銀の楯を負う。金色の髪、輝く青い目、五叉の槍、頭には金の環。エオヒドの宮廷に不意に現れた夜の彼について、「彼はいつも美しかったが、その夜はことに美しかった」と語り手は述べる。
もう一つの標識はフィドヘルである。負けを重ねて相手を釣り、最後の一番で望むものを奪うという筋立ては、異界の存在が人間と交わるときの作法をよく示している。彼の力は武具ではなく、盤と言葉の側にある。
系譜と関係
系譜は割れる。伝統的にはダグザの子とされるが、『アイルランド来寇の書』の第一稿本と韻文『ディンシェンハス』は「エフタハの子インドゥイの子」とする。この系譜では戦の神ネトの兄弟にあたり、ヌアザの甥ということになる。
妻はフアヴナハ。彼女の最期も伝承ごとに異なり、オェングスに斬られたとも、マナナン・マクリルに討たれたとも語られる。子にはブリー・ブルアフブレック、オグニアドの名が挙がり、リルを子とする系譜ではマナナンの祖父にあたる。養子はオェングス——ただし他所ではオェングスの養父をエルクマルとする——であり、『ディンシェンハス』はエルクマルの娘エングレクを彼が攫い、オェングスを嘆かせたとも記す。『ディンシェンハス』はまた、マッハをミディールの娘とする。
文化的足跡
『エーディンへの求婚』は古アイルランド語文学のなかでも屈指の完成度をもつ物語とされ、白鳥への変身、盤上遊戯の賭け、瓜二つの女たちからの選択といった主題は、ヨーロッパ各地の民話と響き合う。19世紀以降のケルト復興はこの物語を繰り返し取り上げ、スティーヴン・リードが『フィンの高き功業』(1910年)に寄せた挿絵《二人は空へ舞い上がった》は、白鳥となって去る場面を描いている。現代の幻想文学やゲーム作品にも、異界の王としてその名が用いられる。