エーディン
エターン · エディン · エーダイン
アイルランド神話の女性で、『エーディンへの求婚』の主人公。嫉妬による呪いで蠅に変えられ、千年ののちに人として生まれ変わって上王の妃となった。
解説
概要
エーディン(Étaín、現代アイルランド語 Éadaoin)は、アイルランド神話の女性である。神話物語群のなかでも古く豊かな物語とされる『エーディンへの求婚』の主人公であり、中期アイルランド語の『ダ・デルガの館の崩壊』にも現れる。
名は古アイルランド語の ét(激情、嫉妬)の指小形に由来する。添え名エフレデ(「馬を駆る者」)を持つことから、ウェールズのリアンノンやガリアのエポナといった馬の女神との連続を説く議論があり、T・F・オラヒリーは彼女を太陽女神と規定した。ただしこれは20世紀前半の比較神話学による再構成であって、中世の文献が彼女を神格として明示しているわけではない。『エーディンへの求婚』のなかでミディールは彼女をベー・フィンド(「美しき女」)と呼ぶ。
神話・物語
トゥアハ・デ・ダナーンのミディールが彼女に恋して妻に迎えると、退けられた先妻フアヴナハが嫉妬から呪いを重ねる。エーディンはまず水たまりに、次いで虫に、そして緋色の美しい蠅に変えられた。ミディールはそれがエーディンだと知らぬまま、この蠅を片時も離さず、他の女に目もくれなくなる。フアヴナハは風を起こして蠅を吹き飛ばし、七年のあいだ海辺の岩のほかどこにも止まらせなかった。
やがて蠅はオェングスの衣に降りる。彼はそれがエーディンだと見抜くが、ミディールと不和であったため返すことができず、窓のある小さな部屋を作って持ち歩き、夜のあいだだけ人の姿に戻した。フアヴナハがこれを知って再び風を起こし、蠅はさらに七年吹き飛ばされる。最後に杯の葡萄酒に落ちた蠅は、アルスターの族長エタルの妻に飲み干された。妻は身ごもり、エーディンは最初の誕生から千と十二年ののちに人として生まれ直す。
近代の読者はこの「蠅」を蝶や蜻蛉と解しがちだが、アイルランド語には蝶にも蜻蛉にも別の語があり、原文の語は蠅(あるいは甲虫)を指す。
長じたエーディンは上王エオヒド・アレヴの妃となる。ミディールは盤上遊戯フィドヘルの賭けで彼女の口づけを勝ち取り、二人は白鳥となって飛び去った。エオヒドはミディールの塚を掘り返して妃の返還を迫るが、差し出された瓜二つの五十人のなかから選んだのは、エーディンが産んだ自分の娘だった。この娘との子がのちに捨てられ、牛飼いに拾われてメス・ブアハラとなり、上王コナレ・モールを産む——『ダ・デルガの館の崩壊』はここから始まる。
図像と象徴
古代の図像はない。視覚像はケルト復興期の挿絵によるもので、本サイトが掲げるスティーヴン・リードの《二人は空へ舞い上がった》(1910年、ロールストン『フィンの高き功業』所収)は、白鳥となって宮廷を去る二人を描いている。
『ダ・デルガの館の崩壊』第二稿本は、井戸端で髪を洗う彼女の姿を異例の長さで叙述する。銀の脚を持つ盆、四羽の金の鳥、その縁に並ぶ紫水晶——この器物には宗教的な含みがあるとみる説がある。マーガレット・ドッブスは、内側に貴金属の鳥を据えた三つの杯(『ブリクリウの饗宴』)や、水鳥の像を付した中央ヨーロッパのハルシュタット後期の土器・青銅器との類似を指摘し、泉の祭祀とそこで用いられた聖器の記憶を留めるものではないかと論じた。初期アイルランド文学における白鳥の聖性を考えれば、フアヴナハの呪いと白鳥への変身もこの文脈で読める。
系譜と関係
『エーディンへの求婚』では、彼女はウライドの王アリルの娘である。『ダ・デルガの館の崩壊』では系譜が異なり、「塚の騎馬勢の王」エタルの娘とされ、上王エオヒド・フェドレフの妻となる。娘のエーディン・オグ(若きエーディン)はアルスター王コルマクに嫁ぎ、メス・ブアハラを産む。同名の別人として、ディアン・ケヒトの娘で女詩人のエーディン、第二次マグ・トゥレドの戦いでフォモールを嘲る詩人カルブレの母エーディンも文献に現れる。
夫はミディール、次いでエオヒド・アレヴ。養育に関わったのはオェングスである。
文化的足跡
『エーディンへの求婚』は、神々の時代から人間の王の時代へ千年を跨いで進む構成をとり、古アイルランド語文学のなかでも特異な達成とみなされてきた。変身、忘却、再生という主題は、19世紀以降のアイルランド文学に繰り返し取り上げられている。ダブリン近郊ホウス岬の巨石墓は「エーディンの墓」と呼ばれ、サミュエル・ファーガソンが同名の詩で歌った。現代の幻想文学やゲーム作品にも、変身と転生をまとう女性としてその名が用いられる。
領分・別名
親・配偶者・子までを表示(全体はフル系図ページへ)。実線=主要伝承/点線=異伝・別系統。