マリス
マリス・ハルナ · マリス・フスルナナ · マリス・メニタ
エトルリアの神。幼児の姿で多くの添え名とともに描かれ、銅鏡には不死を得るための浸礼の場面が刻まれている。
解説
概要
マリス(エトルリア語 mariś)は、エトルリア神話の神である。幼児あるいは子供の姿で描かれることが多く、マリス・ハルナ、マリス・フスルナナ(「子供のマリス」)、マリス・イスミンティアンスなど、多くの添え名を伴って現れる。ヘルクレ——エトルリアにおけるヘーラクレース——の子とされる。
神話・物語
二面の銅鏡に、この神をめぐる儀礼の場面が刻まれている。器に浸される幼児のマリスを、神々が取り囲む図である。不死を得させるための浸礼と解されている。
キウージ出土でベルリンにある前4世紀末の一面では、左からレイントがマリス・ハルナを抱え、トゥランが立ち、メンルヴァが器の中のマリス・フスルナナを扱い、右端に名の分からない若者(ラランか)が立つ。下の区画にはレキアルという女神が置かれ、若返りに関わる存在と見られている。メンルヴァが幼な子の守り手であったことを踏まえ、この場面を新生の霊が女神の庇護に入る儀礼と読む説がある。ただし、これに伴っていたはずの物語は失われている。
マッシモ・パッロッティーノは、この神をアウソネス人の伝説上の祖である半人半馬のマレースの話——三度の死と復活を経たと伝えられる——に結びつけた。浸礼と不死という主題が、その伝承と響き合うという見立てである。
マリアーノの鉛板では、マリス・メニタ(「造る者マリス」)と呼ばれる。村の祭司が年ごとに奉献を行うべき相手として、祖霊とともに名を連ねている。
図像と象徴
幼児として、しばしば複数で描かれる。単独の神像や祭祀用の作例は知られておらず、この神の姿は銅鏡の線刻からしか窺えない。
添え名ごとに別の幼児として描かれる点は、カルンやウァントが複数体で現れるのと同じであり、マリスもまた個体の名ではなく一群の存在を指す呼び名だった可能性がある。エトルリアの神格には、名が単数の人格を指すとは限らないものが少なくない。
系譜と関係
父はヘルクレ。かつては、ローマの軍神マールスの名との近さから、マリスをエトルリアの軍神と見る説が有力であった。この説は今日では否定され、軍神はラランと同定されている。マリスがローマのマールスの観念に影響を与えたと見る研究者はなお存在するが、一致した見解ではない。むしろ豊穣と愛の神、ギリシアのエロースに近い性格を想定する見方のほうが有力である。
文化的足跡
この神が示すのは、名の類似から神の同一を導くことの危うさである。マリスとマールス——音の近さは明らかで、実際に長らくそう扱われた。だが図像は幼児であり、軍神の要素をまったく示さない。エトルリアの神格を扱うときには、名よりも図像と碑文の出土状況を先に見るべきだという教訓が、この一柱に凝縮されている。