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布袋
PLATE — 布袋
SINÆ · 中国神話・道教
布袋

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ほてい · 契此 · 布袋和尚

布袋の炻器像(大英博物館蔵)/CC BY-SA 4.0 CC BY-SA 4.0

10世紀に明州に実在したとされる伝説的な僧契此。太鼓腹で袋を背負い各地を泊まり歩いた。死に際の偈により弥勒の化身とされ、中国では笑う弥勒として天王殿に安置される。日本では七福神の一柱。

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解説

概要

布袋(ほてい、生年不詳〜917年)は、唐代末から五代時代にかけて明州(現在の浙江省寧波市)に実在したとされる伝説的な仏僧である。水墨画の好画題とされ、大きな袋を背負った太鼓腹の僧侶の姿で描かれる。日本では七福神の一神として信仰されている。

出自・由来

本来の名は契此。常に袋(頭陀袋)を背負っていたことから布袋という俗称がつけられた。出身地も俗姓も不明である。図像に描かれるような太鼓腹の姿で、寺に住むわけでもなく、処処を泊まり歩いたという。大きな袋を常に背負っており、施しを受けてはその幾らかを袋に入れていた。その姿は風変りであったが、人々を満ち足りた気持ちにさせる不思議な力を持っていたという。

契此にはさまざまな伝説がある。『景徳伝灯録』の伝説では、雪のなかで横になっていても布袋の身体の上だけには雪が積もっていなかったという。人の吉凶を言い当てたという逸話も伝えられる。

最期についても不思議な逸話が伝えられる。奉化県で亡くなり埋葬されたにもかかわらず、後日、他の州で見かけられたというのである。

弥勒の化身

死に際して残した偈「弥勒真弥勒、分身千百億、時時示時人、時人自不識」により、布袋は弥勒菩薩の化身とみなされるようになった。その没後あまり時を経ないうちから、布袋の図像を描くことが流行した。

中国の寺院では、布袋の像が弥勒として天王殿に安置される。太鼓腹で笑う弥勒——「笑仏」——は、中国の仏教寺院の入口の定型である。

図像と象徴

本サイトが掲げるのは、大英博物館蔵の布袋像である。

太鼓腹を露わにして笑い、大きな袋を持つか傍らに置く。子供たちに囲まれる図もある。

実在の僧が菩薩の化身になるという経緯が、この人物を規定する。弥勒は本来、遠い未来に下生する仏であるが、中国ではその化身が身近な笑う僧として造像された。

関わる神格・伝承

弥勒の化身。七福神の一柱。

日本では鎌倉時代に禅宗とともに伝わり、江戸時代に七福神に加えられた。日本の布袋像は、中国の弥勒像と同じ姿をとる。

文化的足跡

中国の寺院の天王殿の布袋弥勒は、参拝者が最初に目にする像であり、「大肚能容、容天下難容之事、開口便笑、笑世間可笑之人」の対聯とともに知られる。

なお仏教と中国の民間信仰は今日も信仰されている生きた宗教であり、本項の記述はその尊格の伝承と図像に関する学術的な整理である。

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領分・別名

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資料

Wikidata
Q599838 — 骨格データの出典