コストロマ
コストルブ · コストルボニカ · Кострома
ロシアとウクライナの春夏の儀礼上の人物。麦藁の人形か白衣の娘がこれを演じ、泣きまねと歌をともなって焼かれ、あるいは川へ送られる。名は麦の殻を意味する語に由来する。
解説
概要
コストロマ(Кострома、ウクライナ語 Коструб)は、ロシアとウクライナの農村文化に伝わる、春から夏にかけての儀礼上の人物である。麦藁の人形、あるいは白い衣をまとった娘がこれを演じ、囃されたのち、泣きまねと歌をともなって葬られる。
英語圏の事典類はしばしば「東スラヴの豊穣の女神」と紹介する。しかし民族誌が記録しているのは女神ではなく、季節の変わり目に作られては壊される人形である。祭祀も神殿も祈願も伝わらない。この項では、確かめられる儀礼と、後世に組み立てられた「神話」とを分けて扱う。
神話・物語
儀礼はよく記録されている。
ロシアの「春の見送り」の行事で、コストロマは白い敷布にくるまれ、樫の枝を手にした若い娘として現れ、輪舞に伴われる。もう一つが「コストロマの葬式」で、コストロマを表す麦藁の人形を焼くか、埋めるか、引き裂くかしたうえで、儀礼的な泣きまねと歌をもって送る。ヤリーロの葬式、マースレニツァの見送り、「郭公」の葬りなど、同じ型の行事はほかにもある。ニジニ・ノヴゴロド州のシュチロヴォ村では、この行事が今も毎年行われている。
行事が分布したのは、ヴラジーミル、コストロマ、ニジニ・ノヴゴロド、ペンザ、サラトフの各県である。時期は諸聖人の週の終わりの日曜で、土地によって「ルサーリヤの」「ペトロフの」「諸聖人の」断食入りと呼ばれた。まれに聖霊降臨の翌日にも行われた。
人形は娘たちが作った。麦藁か、脱穀した後のライ麦の束を芯にする(サラトフ県では糸紡ぎ櫛の台を用いた)。それに女の肌着、帯、頭巾、靴を着せる。コストロマ地方では、最近嫁いだ若妻のサラファンを着せ、ヴラジーミル県ムーロム郡では若い男の衣装を用いた。緑の枝と花を飾るのが決まりであった。人形ではなく娘が扮する場合もあり、ときには女装した若者が務めた。
ヴラジーミル・プロップは、コストロマの人形を豊穣の力の集約と見た。行事は、その力を畑へ移すために行われるのだという。
図像と象徴
本項の主画像は、19世紀のルボークにもとづく素描で、麦藁の人形を寝台に載せて運ぶ女たちの行列を描く。村を背に、笛を吹く者と犬を連れた者が付き従い、行き先は川である。祭祀の対象ではなく、送られていく人形であることが一目で分かる。
名の由来も、この人形そのものを指している。コストロマとウクライナ語のコストルブは、コストラ(костра、кострика、костеря、кострица)という語から来ている。東スラヴの方言で、麦の殻や、亜麻と大麻を一次加工したあとに残る屑の茎を意味する語である。ウクライナ語のコストルボニカは、「だらしのない者」を意味するコストルブから来ている。要するに、名は素材の名である。人形が何でできているかが、そのまま名になっている。
英語圏の紹介にある「名はロシア語の焚き火(костёр)に由来する」という説明は、この語源とは別のものである。
系譜と関係
系譜は伝わらない。伝わらないところに、後から系譜が作られた。
現在インターネットや通俗書で広く読まれている「コストロマ神話」——クパーラとコストロマは双子の兄妹で、父はセマルグル、母は夜の女神クパーリニツァ。二人は夏至に生まれ、ペルーンからシダの花を贈られる。シリンの歌を聞いたクパーラはナヴへさらわれ、長い年月ののち川で妹の花冠を拾い、それと知らずに結ばれる。真実を知った二人は身を投げ、コストロマはルサールカとなり、二人は黄と青の花イワン=ダ=マリヤに変えられる——という筋書きは、民族誌の記録には存在しない。2000年代以降のロシアの通俗的な再話書によって広まったものである。
シダの花、シリンとアルコノスト、イワン=ダ=マリヤといった要素はいずれも民間伝承に実在する。しかし、それらを一つの兄妹神の物語に編み上げたのは近代の書き手である。伝承の断片が本物であることと、その組み合わせが本物であることとは別である。コストロマは、この区別を確かめるのに向いた題材といえる。
儀礼の側で近い位置にあるのは、同じく人形を送るモレーナとヤリーロ、そして水に沈められるデヴァナである。ウクライナのコストルブ、コストルボニカも同じ系統の名を負う。
文化的足跡
コストロマは、ヴォルガ川沿いの都市名でもある。人形の名と都市の名は同じ語根から出ているが、一方が他方に由来するわけではない。
現代では、エスノ・グループ「イヴァン・クパーラ」の楽曲《コストロマ》、ペイガンメタルのアルコナ《クパーラとコストロマ》、バタフライ・テンプル《クパーロとコストロマ》などが知られる。1989年のソ連アニメーション《コストロマ》もある。歌われているのはおおむね上記の近代の物語のほうで、麦藁の人形を川へ送る行事のほうではない。