イリャパ
イリャパ · イヤパ · アプ・イリャパ
インカ神話の雷神。雷鳴と稲妻、雨と戦を司り、創造神ビラコチャ、太陽神インティに次ぐ帝国第三の神とされた。
解説
概要
イリャパ(Illapa)は、インカ神話の雷神である。名はケチュア語で「雷」を意味し、チュキ・イリャ、カトゥイリャ、インティ・イリャパなど多くの別名で呼ばれた。雷鳴と稲妻を発するだけでなく、雨と雹、季節の巡りまで含めた天候全体を統べる神とされ、その意味で嵐の神でもある。ポロ・デ・オンデガルドは、彼を大気の絶対の主と記した。
ホセ・デ・アコスタ、マルティン・デ・ムルーア、クリストバル・デ・モリーナら複数の年代記編者は、創造神ビラコチャ、太陽神インティに次ぐ第三の神として彼を数える。この序列そのものが、インカの支配と結びついている。雷への崇敬はアンデス一円に古く、被征服民の多くにとって雷こそ最高神であった。インカはそれを帝国の神々の第三位に組み入れることで、地方の信仰を否定せずに従属させたのである。
神話・物語
イリャパは天の川から水を汲んで大甕に蓄え、姉妹とみなす月の女神ママ・キリャに預けて守らせるという。甕が満ちると彼は投石器ワラカで礫を放って甕を撃ち、その轟きが雷鳴となり、衝突の火花が稲妻となり、こぼれ出た水が雨となって地に降る。雨を乞うときには黒犬を繋いで飢えさせ、その鳴き声に神が憐れみを起こすのを待った、という慣行も伝えられる。
彼を戦の神とする性格も、複数の記録が一致して伝える。皇帝パチャクティは彼を自らのワウケ(分身となる守り神)と定め、その像を作らせた。ワイナ・カパックは太陽と雷の像を戦地に伴い、敵のワカを打ち破らせたという。
地方には別系統の物語が残る。ワンカの伝えるアマル・アランワイの話では、ビラコチャの命に背いた二匹の巨大なアマル(蛇形の怪物)が世界を荒らし、遣わされたイリャパと風の神ワイラがこれを討ち、斃れた二匹はマンタロ谷を挟む二筋の山脈に変じたとされる。雷神が蛇形の怪物と戦う筋立ては各地の神話に見られるが、ここではそれが土地の地形の由来を語る役目を担っている。
年代記のうち、インカ・ガルシラーソ・デ・ラ・ベガだけは、イリャパは神ではなく太陽の使いにすぎないと述べる。彼はインカの宗教を太陽を中心とする一神教として提示しようとしており、この記述は他の証言と突き合わせて読む必要がある。
図像と象徴
イリャパは、輝く衣をまとった偉丈夫として表された。手には黄金のマカナ(棍棒)とワラカを執る。いずれもインカの実際の武器を神格化したもので、天候と戦という彼の二つの領分を体現する。ベルナベ・コボは、天上界に星々によって形づくられた戦士としての姿も伝えている。
地上に現れるときは、ピューマや鷹の姿をとると信じられた。高山に住むとされ、祭祀は最も高い峰々で行われた。コリカンチャには彼の聖室が置かれ、モリーナによればプカマルカと呼ばれる独自の神殿を持った。クスコのサン・ブラス教会は、彼を祀る神殿の跡に建てられている。
もうひとつ注目すべきは、亡くなった皇帝の遺体との結びつきである。クリストバル・デ・アルボルノスの報告によれば、歴代インカのミイラは「イリャパ」の名で呼ばれた。生ける皇帝が太陽の力を体現するのに対し、その亡骸は天候の力を帯びる、という対の観念がここにある。また双子や、生まれつき特異な身体の徴をもつ子は「雷の子」と呼ばれ、生き延びれば神の祭司となる定めにあるとされた。
系譜と関係
ビラコチャ、インティと並ぶ三柱として、浄めの祭シトゥアでは三神の像がコヤ・ライミの月にコリカンチャへ集められ、共に供物と祈りを受けた。地方の雷神——ヤロス/リャクアスのヤナ・ラマン(リビアク)、ヤウヨスのパリアカカ、カハマルカのアポカテキル、チンチャイコチャのトゥマイリカパック——は、帝国の拡大とともにイリャパの地方形として位置づけ直された。アンデスの雷神には、三柱以上に分身して一つの存在をなすという共通の型があり、グアマン・ポマもイリャパを三つの位格に分けて記す。ただしこの三分説はキリスト教の三位一体に引き寄せられた記述である疑いが濃く、そのまま先スペイン期の観念とは見なしがたい。
文化的足跡
征服後、イリャパは使徒サンティアゴと習合した。馬蹄の轟きとともに天に現れる聖人の姿が雷のイメージと重ねられ、加えて両者がともに戦の守護者であったことが同一視を後押しした。今日もアンデスでは7月25日に聖ヤコブが祀られ、家畜の繁殖と作物の稔りが祈られる。カトリックの聖人伝には見当たらないこれらの祈願に、旧い雷神の輪郭が残る。
もうひとつの痕跡は言語にある。征服期、先住民はスペイン人の火縄銃を雷になぞらえ、イリャパと呼んだ。ゴンサレス・オルギンの語彙集は yllappa の項に「雷、火縄銃、大砲」を併記している。