ヘスペロス
ヘスペロス · ウェスペル · Hesperus
宵の明星を人格化した神で、暁の女神エーオースの子。明けの明星ポースポロスの異母兄弟であり、金星を宵と暁で別の神格としたギリシアの天体認識の名残である。
解説
概要
ヘスペロス(Ἕσπερος、「夕」)は、ギリシア神話で宵の明星——夕方に見える金星——を人格化した神である。
暁の女神エーオースの子であり、明けの明星ポースポロス(エーオースポロスとも)の異母兄弟にあたる。ローマにおける対応はウェスペルである。
神話・物語
一つの伝えでは、ヘスペロスの父は人間のケパロス、ポースポロスの父は星の神アストライオスとされる。他の資料はヘスペロスをアトラースの兄弟とし、したがってイーアペトスの子とする。
同じ金星を指す名でありながら、宵と暁で別々の神格が立てられている。ギリシア人が宵の明星と明けの明星を同一の天体と認識したのは前6世紀のピュタゴラスあるいはパルメニデースの頃とされ、それ以前は別の星と考えられていた。二人の神格は、その認識の名残である。
ヘスペロスはケーユクスとダイダリオーンの父とされる。
図像と象徴
本サイトが掲げるのは、ポンペイ出土の壁画である(ナポリ国立考古学博物館蔵 9449)。ディオニューソスとヘーリオス、アプロディーテーを描くもので、宵の明星の擬人像もそこに現れる。
名は「夕」を意味し、ヘスペリス(夕の)、そして西を意味する語群と結びつく。ヘスペリデス——世界の西の果てで黄金の林檎を守るニュンペーたち——の名も同じ語根に発し、ヘスペロスの娘とする伝えもある。
明けの明星ポースポロス(「光をもたらす者」)は、ラテン語でルキフェルと訳される。ヘブライ語聖書のイザヤ書14章12節の「ヘーレール、シャハルの子」(輝く者、暁の子)を、七十人訳はヘオースポロスと、ヒエロニュムスのウルガタはルキフェルと訳した。宵の明星の兄弟の名が、この経路で堕天使の名になっている。
関わる神格・伝承
母はエーオース、兄弟はポースポロス。子はケーユクスとダイダリオーン。
ヘスペリデスの父とする伝えを通じて、西方の園の物語とつながる。夕が西と結びつき、西が世界の果てと結びつくという連想の連鎖である。
文化的足跡
サッポーの断片に、ヘスペロスへの讃歌がある。暁が散らしたものをすべて連れ戻す星——羊を、山羊を、そして子を母のもとへ——と歌われる。夕の星が帰還の時刻を告げるという理解である。
英語の vesper(晩課、夕べ)はローマ名ウェスペルに由来する。宵の明星の神の名が、キリスト教の夕の祈りの名になった。