プシューケー
プシケー · プシュケー · サイキ
クピードーの妻とされる女性。蝶の翅を持つ姿で表される。物語はアプレイウス『黄金の驢馬』のみが伝え、禁忌の侵犯を二度繰り返す構成をとる。
解説
概要
プシューケー(Ψυχή、「魂」「息」)は、古典神話における女性である。ローマの愛の神クピードーの妻とされ、蝶の翅を持つ美しい女として表されることが多い。
物語が知られるのは、2世紀の哲学者にして弁論家アプレイウスが書いたラテン語の小説『黄金の驢馬』(『変容譚』)による。夫クピードーの信頼を裏切ったプシューケーが、その母ウェヌスの課す幾つもの試練に耐えて夫を取り戻し、最後に不死を得る筋である。
古代からこの物語を伝えるのは『黄金の驢馬』のみだが、前4世紀にさかのぼる美術作品に、この物語の影響とみられる図像がある。
神話・物語
名も定めない王国に、王と后と三人の娘がいた。三人とも美しかったが、末娘プシューケーの美しさは人間離れしていた。噂が広まり、その姿を見るために大勢が町へ押し寄せる。なかには彼女をウェヌスとして、あるいは地上に現れた新しいウェヌスとして拝む者まで現れた。
参拝者がウェヌスの神殿と供物と祭礼を疎かにし、代わりにプシューケーのもとへ通うようになる。人間が自分より崇められることに憤った女神は、報復を決めた。息子クピードーを呼び、この娘を醜く貧しい男に恋させよと命じる。
ところがクピードー自身が彼女に恋してしまう。神託に従って山の頂に置かれたプシューケーは、風に運ばれて見えない夫の館に住むことになった。夫は夜だけ訪れ、決して姿を見てはならぬと命じる。
姉たちにそそのかされ、彼女は灯りを持って夫の顔を見た。滴った油に驚いたクピードーは去り、プシューケーの長い試練が始まる。ウェヌスは穀物の選り分け、金の羊毛の採取、冥界からの化粧箱の持ち帰りといった課題を課した。最後の課題で、彼女は開けてはならぬと言われた箱を開けてしまい、死の眠りに落ちる。クピードーがこれを救い、ユーピテルの許しを得て、二人は正式に結ばれた。プシューケーは不死とされ、二人のあいだにウォルプタース(快楽)が生まれる。
見てはならぬものを見る、開けてはならぬ箱を開ける——この物語は禁忌の侵犯を二度繰り返す。世界各地の民話に類話があり、日本の「鶴の恩返し」や「浦島太郎」と並べて論じられることもある。
図像と象徴
本サイトが掲げるのは、ジョン・ウィリアム・ウォーターハウス《クピードーの庭の扉を開くプシューケー》(1903年)である。
古代の図像では、蝶の翅を持つ少女としてエロースと対で表される。ギリシア語のプシューケーは「魂」を意味すると同時に「蝶」をも意味し、この二重の語義が図像を決めている。魂が身体を離れる様子を、蛹から出る蝶に重ねる発想である。
ホメーロスにおけるプシューケーの用法は「亡霊」と訳されることが多く、『オデュッセイア』でオデュッセウスが出会う死者の魂を指す。プシューケイン(psȳ́chein、「吹く」「息をする」「生命の息」)との関係は議論があり、派生語かどうかは分かっていない。
近代美術で最も名高いのは、アントニオ・カノーヴァ《クピードーの接吻で蘇るプシューケー》(1787〜93年、ルーヴル美術館蔵)である。
関わる神格・伝承
夫はクピードー(ギリシアのエロース)、姑はウェヌス(アプロディーテー)。娘はウォルプタース。
物語の出所は明らかでない。民話か、失われた作品からの借用と考えられている。イタリア、ギリシア、北アフリカ(とくにベルベル)、あるいはイラン起源とする説が提出されてきた。典拠としてルーキアーノス、パトラエのルキウス、アリスティデス、あるいは無名の著者の名が挙げられる。
文化的足跡
プシューケーの名は、近代語において「精神」を意味する語根になった。サイコロジー(心理学)、サイキアトリー(精神医学)、サイキック——いずれもこの語に発する。
魂の遍歴として読む寓意的な解釈は、古代末期から新プラトン主義を経て中世まで受け継がれた。魂が愛を見ようとして失い、試練を経て再び結ばれる——この筋は、キリスト教の霊性の文脈でも繰り返し読み直されている。
日本語圏では、C・S・ルイスの小説『顔を持つまで』(1956年)がこの物語を姉の視点から語り直した作品として知られる。
領分・別名
親・配偶者・子までを表示(全体はフル系図ページへ)。実線=主要伝承/点線=異伝・別系統。