エリピューレー
エリピュレ · エリフュレ · Eriphyla
アルゴス王アドラーストスの妹で予言者アムピアラーオスの妻。黄金の首飾りに買収されて夫を死地へ送り、のちに息子に殺された。
解説
概要
エリピューレー(Ἐριφύλη / Eriphȳlē)は、アルゴス王アドラーストスの妹で、予言者アムピアラーオスの妻である。
彼女は二度、贈り物を受け取って身内を死地へ送る。一度目は夫を、二度目は息子を。同じ過ちを二度繰り返す構成によって、彼女は買収そのものの擬人化に近い位置を占めている。
神話・物語
夫は、兄アドラーストスと不和になったのち和解した際、以後争いが生じたときは彼女の裁定に従うと誓っていた。テーバイ攻めの召集にあたって夫が反対したとき、ポリュネイケースはハルモニアーの首飾りを彼女に贈って口添えを頼む。贈り物を受けるなと言い含められていたにもかかわらず彼女は受け取り、遠征に賛成する裁定を下した。夫は誓約に縛られて出征し、大地の裂け目に呑み込まれて死ぬ。発つ前、彼は息子たちに、成人したら母を殺してテーバイを攻めよと命じていた。
十年後、エピゴノイの遠征が計画されたとき、息子アルクマイオーンは参戦を渋り、弟アムピロコスと争って、判断を母に委ねた。ポリュネイケースの子テルサンドロスはこれを見て、父から受け継いだハルモニアーの婚礼衣をやはり彼女に贈る。彼女は再び受け取り、息子たちを戦へ送り出した。
テーバイ陥落後、二度の買収を知ったアルクマイオーンは母を殺す。デルポイの神託が「エリピューレーは死に値する」と告げたことを、父の遺言の追認と受け取ったのである。彼女は死の間際に息子を呪い、彼は復讐の女神エリーニュスに追われる身となった。
『オデュッセイア』第11巻でオデュッセウスが冥界に見た王妃たちのなかに、彼女もいる。黄金と引き換えに夫を売った女として、そこでは一行で片づけられている。
図像と象徴
本ページの主画像は前450〜440年頃のアッティカ赤絵式オイノコエー(ルーヴル美術館 G442)で、ポリュネイケースが首飾りを差し出し、彼女がそれを受け取ろうとする瞬間を描く。買収の成立する一点だけを切り取った構図であり、贈り主と受け手を対に置くだけで物語のすべてが読める。
殺害の場面も南イタリアの壺絵に見えるが、数は少ない。母殺しの図像としてはオレステースの方が圧倒的に多く、彼女の死は絵の主題としては定着しなかった。
系譜と関係
父はアルゴス王タラオス、母リューシマケー。兄弟にアドラーストス、プローナクス、メーキステウス、アリストマコス。夫アムピアラーオスとの子はアルクマイオーン、アムピロコス、エウリュディケー、デーモーナッサ。
首飾りはこののち息子の手に渡り、その持ち主を次々に破滅させていく。宝物が家系をたどって災いを運ぶという構造の、ギリシアにおける最も明確な例である。
文化的足跡
ロバート・グレーヴスは、彼女が一貫して戦争と平和の決定権を握っている点に注目し、名を「鬱蒼とした」と解して、アルゴスにおけるヘーラーの巫女の記憶を見た。ミュケーナイのヘーライオンの最古の女神像が梨の木で作られていたという伝承と結びつける議論だが、仮説の域を出ない。