デウィ・スリ
デウィ・スリ · シュリーデーヴィー · ニャイ・ポハチ・サンヒャン・アスリ
ジャワ・スンダ・バリの稲と豊穣の女神で、ラクシュミーと同一視される。神々の王の求婚を拒んで死んだ娘の身体から、頭から椰子、陰部から稲、手からバナナが生じたとされる——ハイヌウェレ型の神話である。名はインド由来だが物語の核心は在来のもので、ラクシュミーに死の物語はない。
解説
概要
デウィ・スリは、インドネシアのジャワ、スンダ、バリで信仰される稲と豊穣の女神である。ヒンドゥーの女神ラクシュミーと同一視されるが、その物語の核心は在来のものであり、神々の王の求婚を拒んで死んだ娘の身体から稲をはじめとする作物が生まれたと語られる。殺された、あるいは死んだ神の身体から作物が生じるという、ハイヌウェレ型の神話の一つである。
なお本サイトの分類では、東南アジアの神話を主たる体系とし、ヒンドゥーを併記する。
身体から生まれた作物
ジャワの伝承によれば、神々の王バタラ・グル(シヴァ)が、一人の美しい娘に恋をした。娘は求婚を拒み、あるいは神々の乳を飲まずに衰えて死んでしまった。娘を葬ると、その頭からは椰子が、陰部からは稲が、手からはバナナが、歯からはトウモロコシが生えてきたという。こうして娘は稲の女神デウィ・スリとなった。
死んだ神の身体から作物が生まれる神話は、東南アジアからメラネシアにかけて広く分布する。ドイツの民族学者イェンゼンは、モルッカ諸島のハイヌウェレの神話にちなんで、この型を名づけた。日本のオオゲツヒメやウケモチの神話も同じ型に属する。
名だけが借りられた
稲の霊への信仰は、稲作が始まって以来この地域にあったと考えられる。のちにインドの文化が伝わると、稲の女神は、ラクシュミーの別名でもあるサンスクリット語の「シュリー」(吉祥)の名を得た。ただし、殺されて作物になるという物語はラクシュミーには伝わっておらず、借りられたのは名と一部の性格にとどまる。物語の核心は、在来のものである。
稲の儀礼
収穫の最初の稲束は「稲の母」として家に祀られた。稲を刈るときは、アニアニと呼ばれる小さな刃で一本ずつ摘み取るのが伝統であった。稲の霊を驚かせないためである。米倉に住む蛇は、デウィ・スリの使いとされた。バリの水利共同体スバックでは、稲の女神と水の女神デウィ・ダヌがともに祀られている。
図像と象徴
本サイトが掲げるのは、古代ジャワのデウィ・スリ(ラクシュミー)像(ソノブドヨ博物館蔵)である。椰子の葉で編んだ女性の形の飾り(チリ)が、供物に添えられる女神のしるしとなっている。
関わる神格・伝承
ラクシュミーと同一視され、デウィ・ダヌとともに稲作の祭祀をなす。
バリのヒンドゥー教では、デウィ・スリを含むすべての神々は、至高の原理アチンティヤのあらわれとされる。
稲の霊への信仰は、フィリピンのイフガオの人々の米倉の像ブルルにも見られる。
文化的足跡
デウィ・スリへの信仰は、イスラーム化したジャワの農村でも、稲の儀礼のなかに生き続けている。
なお東南アジアの伝統は今日も継承されている生きた文化であり、本項の記述はその伝承に関する学術的な整理である。
領分・別名
親・配偶者・子までを表示(全体はフル系図ページへ)。実線=主要伝承/点線=異伝・別系統。