ランダ
チャロン・アラン · マヘンドラダッタ · レヤックの女王
バリ島に伝わる魔女で、悪霊レヤックの女王。聖獣バロンと永劫の戦いを続ける存在として、仮面劇チャロナラン劇の中心に置かれる。
解説
概要
ランダ(Rangda / ᬭᬗ᭄ᬤ)は、インドネシア・バリ島の伝承に登場する魔女で、悪霊レヤックの女王である。聖獣バロンと対をなし、両者の戦いはバロンダンスの主題として繰り返し演じられてきた。名は古ジャワ語で「寡婦」を意味する。インドのヒンドゥー神話に由来する存在ではなく、バリ・ヒンドゥーという、ヒンドゥーの体系にオーストロネシア系の在来信仰が重なった宗教のなかで形をとった。
神話・物語
由来については二系統の伝えがある。ひとつは、10世紀のジャワでアイルランガ王の治世に災厄をもたらしたとされる魔女チャロン・アランの化身とみるものである。チャロン・アランは黒魔術に長けた寡婦で、しばしば農民の作物を損ない疫病をもたらした。娘ラトナ・マンガリは美しかったが、母を恐れる人々のために嫁ぎ先が見つからない。憤ったチャロン・アランは少女をさらって寺に連れ込み、ドゥルガーに捧げた。翌日、村を大洪水が呑み込み、多くの者が死に、疫病が現れたという。事態を聞いたアイルランガ王は助言者エンプ・バラダに対処を委ねる。バラダは弟子エンプ・バフラをラトナに娶らせ、七日七夜の婚礼のうちに事態は収まった。やがてバフラがチャロン・アランの呪文の書を見つけて師に渡す。書を奪われたと知った彼女は怒ってバラダに戦いを挑んだが、ドゥルガーの助けを得られぬまま敗れ、村は黒魔術の脅威から解かれた。
もうひとつの伝えは、史実上の王妃マヘンドラダッタ(グナプリヤダルマパトニー)に由来を求める。東ジャワのイシャナ朝の王女で、バリ王ウダヤナの妃、アイルランガの母にあたる。彼女がバリにおいてドゥルガー信仰に篤かったことは知られている。伝えによれば、黒魔術を行ったとして夫に退けられ追放された彼女は、寡婦となったのちに森のレヤックと疫病をもたらす魔物を呼び集め、かつての宮廷と王国に復讐したという。この二系統は互いに排他的ではなく、寡婦という語の含意を共有しながら、伝説と歴史の双方から人物像が形づくられていったものとみられる。
図像と象徴
ほとんど裸身の老女として表される。乱れた長い髪、垂れた乳房、鉤爪をもち、顔は牙を剥き目を見開いた恐ろしい仮面で、長い舌が垂れ下がる。バロンの整った獅子面と、この崩れた人面とが視覚的に対をなす。仮面は呪力を帯びたもの(トゥンゲット)として扱われ、上演の前後には僧による儀礼が行われる。アムステルダムの世界文化博物館(旧熱帯博物館)には、1939年以前に収集された人毛の鬘を伴う木製の仮面が伝わっており、この形式の古い作例として知られる。
系譜と関係
バロンとは表裏をなす対であり、一方だけを取り出しても意味をなさない。ランダをドゥルガーやカーリーと結びつけて論じる見方は広く行われているが、注意がいる。インドのドゥルガーが破壊と豊穣を兼ね備えた母神として理解されるのに対し、ランダはもっぱら悪の人格化として扱われる。同じ女神の名が引かれていても、体系内の位置づけは大きく異なる。
文化的足跡
ウク暦の祭礼日に営まれるチャロナラン劇では、ランダが現れて男たちに呪をかけ、彼らはトランス状態のまま自らのクリスを胸に当てる。バロンと僧がこれに対抗する呪をかけ、刃は身体を傷つけない。最後にバロンとランダが戦い、ランダが逃げ去って秩序が回復する。ただし決着はつかず、両者の戦いは永劫に続くとされる。
1930年代以降、外国人観光客向けの短縮公演が広く行われるようになり、ランダの姿はバリを代表する図像の一つとして流通した。仮面や絵画は土産物としても作られるが、儀礼に用いられる仮面と、鑑賞や販売のために作られたものとは、村人のあいだで明確に区別されている。