バロン
バナスパティ・ラジャ · バロン・クトゥット · 森の王
バリ島の聖獣で、善の勢力を率いる霊の王。魔女ランダと永劫の戦いを続けるとされ、村の寺院に安置されて日々の供物と祈りを受ける。
解説
概要
バロン(Barong / ᬩᬭᭀᬂ)は、インドネシア・バリ島に伝わる聖獣である。霊たちの王とされ、善の勢力を率いて魔女ランダと対峙する。ここで注意がいるのは、バロンがインドのヒンドゥー神話に由来する神格ではないという点である。バリ・ヒンドゥー(アガマ・ヒンドゥー・ダルマ)という、ヒンドゥーの体系にオーストロネシア系の在来信仰が重なった宗教のなかで形をとった存在であり、本項が扱うのはその文脈である。獅子の姿で表されるのが最も一般的で、村(デサ)の寺院の一隅に安置され、日々供物と祈りを受ける。
神話・物語
バロンの本体は、バナス・パティ・ラジャ(森の王)と呼ばれる善なる霊であるとされる。バリの観念では、人は生涯を通じて四人の「兄弟」にあたる霊に付き添われるとされ、その第四にあたるのがバナス・パティ・ラジャである。バロンを動かしているのはこの霊であると説かれる。
対立するランダの由来については二系統の伝えがある。ひとつは、10世紀のジャワでアイルランガ王の治世に災厄をもたらしたとされる魔女チャロン・アランの化身とみるものである。もうひとつは、アイルランガの母にあたる11世紀の王妃マヘンドラダッタに由来を求めるものである。古ジャワ語でランダは「寡婦」を意味する。後者の伝えでは、黒魔術を用いたとして夫ウダヤナ王に退けられたマヘンドラダッタが、寡婦となったのちに森の悪霊レヤックを呼び集めて王国に疫病をもたらし、息子アイルランガはこれに対抗するために霊の王バロンの助けを求めたという。ランダは兵たちに自らのクリスで我が身を刺すよう呪をかけ、バロンは兵の身体を刃に対して不死身とする呪で応じた。戦いはバロンの勝利に終わり、ランダは逃げ去ったとされる。
たとえ倒されても必ず復活し、両者は永劫の戦いを続けるとされる。決着がつかないことそのものが、この対立の眼目である。
図像と象徴
最も広く行われるバロン・クトゥットは、赤い顔と厚い白毛を具え、金箔を施した革と無数の鏡片で飾られた獅子の姿をとる。頭部の仮面には呪力があるとされる人毛の顎髭が付き、胴体は呪力を帯びた長い布でできていて、二人の男性がこれを操る。バロンには二匹の猿が付き従う図がしばしば見られる。バロンという語は、熊を意味するバフルアン(現代インドネシア語のブルアン)に由来するとする説が有力で、森の守り手としての動物霊という原義をとどめている。
地域ごとに異なる動物を象るのも特徴である。猪のバロン・バンカル、虎のバロン・マチャン、犬のバロン・アス、象のバロン・ガジャなどがあり、ガルンガンやクニンガンの祭日に村を練り歩く。バロン・ランドゥンだけは形式が異なり、男女一対の人形として作られる。バロン・クトゥットが象るのは現実には存在しない聖獣であり、序列の頂点に置かれる。
系譜と関係
ランダとは表裏をなす対であり、一方だけを取り出しても意味をなさない。バリ・ヒンドゥーの枠組みではランダはドゥルガーやカーリーと結びつけて語られることが多いが、ランダが悪の人格化として扱われる点は、豊穣と破壊を兼ね備えた母神として理解されるインドのドゥルガーとは性格を異にする。バロンの側に、インドの神格との明確な対応関係は認めがたい。仮面舞踊としてのバロンは、サンヒャン舞踊とともにバリ土着の踊りに数えられ、ヒンドゥーの影響以前に遡ると考えられている。オーストロネシア系の諸民族に見られる祖霊や自然霊を表す仮面舞踊——ダヤクのフドッ舞踊など——との類似も指摘される。
文化的足跡
ウク暦の祭礼日には、悪霊祓いと疫病祓いを目的とする舞台劇チャロナラン劇が営まれる。バロンダンスと呼ばれるこの上演は、二匹の猿がバロンをからかう平穏な場面に始まり、ランダが現れて男たちに呪をかける「クリス・ダンス」の場面を経て、バロンとランダの決戦へ至る。トランス状態に入った踊り手が自らの短剣を胸に当てる場面は、この上演の山場である。
1930年代以降、島を訪れる外国人向けの公演が行われるようになった。本来の儀礼は三時間を超え、トランス状態の場面は当時の外国人観客には受け入れられなかった。踊り手イ・マデ・クルドゥクが時間を短縮した筋書きを考案し、これが現在の公演の基礎となっている。以後、台詞を減らし、過度に激しい場面を省くなど、言語や文化を問わず鑑賞できる形へ整えられてきた。観光向けの上演であっても、村人がバロンへの畏敬と儀礼を欠かすことはなく、公演の質は政府の審査やバリ人ガイドによって保たれている。19世紀以前にはジャワ島でもバロンダンスが行われていたが、儀礼の中で重要な位置を占めるのは現在ではバリ島だけである。