ベリサマ
ベレサマ · ベリサーマ · Belisama
ガリアの女神。ローマではミネルウァと重ねられた。名を伝えるのは数点の碑文のみで、「きわめて輝く者」か「きわめて強き者」か、その語義さえ決着していない。
解説
概要
ベリサマ(Belisama、ガリア語 Belesama、ギリシア文字の碑文では ΒΗΛΗΣΑΜΑ)は、ガリアで祀られた女神である。ローマ人はインテルプレタティオ・ロマーナによってこれをミネルウァに重ねた。名の痕跡は南ガリアからベルギー、さらにブリタンニアの河川名にまで及ぶが、性格を語る古典作家の記述はなく、確実な資料は数点の碑文に限られる。
名の意味は決着していない。伝統的には印欧祖語 bʰelH-(白い、輝く)に最上級の接尾辞 -isamā を添えた「きわめて輝く者」と解されてきた。しかしベレヌスの場合と同じく、この解釈は近年批判を受けている。クサヴィエ・ドラマールは、bʰelH- 系の同源語が「輝く」よりも「白い」「灰色」「青白い」を意味する点を指摘し、代わりにガリア語 belo-(強い)から「きわめて強き者」と読む。サンスクリットの baliṣṭhaḥ「最も強い」と同型の造語である。ペーター・シュライファーは、ヒヨスを指す語幹 beles- に不明の接尾辞 -ma を添えた形とみて、ガリア語の神名ベリサマロスと比較するが、彼自身「形態的には魅力的で、ベリサマがミネルウァ・メディカに相当するなら意味的にもありうるが、直接の証拠はない」と留保している。日本語の概説には「夏の輝き」という語釈が見えるが、対応する学術的な議論は確認できない。
神話・物語
物語は残っていない。この女神について知られるのは、誰がどこで何を捧げたかという記録だけである。
最も重要なのは、ヴェゾン=ラ=ロメーヌで見つかったガリア語の碑文である。ギリシア文字で綴られ、「ナマウサ(ニーム)の市民、ウィッローの子セゴマロスが、ベレサマにこのネメトンを捧げた」と読まれる。聖域の奉献をガリア語そのもので記した稀な例であり、ケルト語の toutious(部族の成員)や nemēton(聖なる林、聖所)の実際の用法を伝える一次資料でもある。奉献者は東方のニームの人であり、この女神の信仰が一つの部族に閉じていなかったことを示す。
ミネルウァとの同一視を確定させるのは、アリエージュ県サン=リジエ——コンソランニ族の中心地——のラテン語碑文である。MINERVAE / BELISAMAE / SACRVM、「ミネルウァ・ベリサマに聖別す」と刻み、続いてクィントゥス・ウァレリウス・モンタヌスが誓願によって捧げた旨を記す。碑石は後にサラ川に架かる橋の石材へ転用され、そのまま今日まで残った。
ベルギーのリベルシー、トゥングリ族の都市域からは、土器に刻まれた奉献の落書きが出ている。1世紀後半から2世紀初頭の層に属し、日常の器に女神の名を刻む習慣があったことを示す。
ブリタンニアでの信仰は立証が難しい。プトレマイオス『地理学』はベリサマの河口を挙げ、これはリブル川あるいはマージー川に比定される。ジェイムズ・マッキロップは、河川名として現れることからこの女神を湖と川の女神とみる。ただしケルトの神名が河川名に残る例は多く、それだけで性格を決めることはできない。ロナルド・ハットンは地名サムルズベリにこの神名の訛りを見る可能性を示唆したが、推測である。大陸では、ベレーム、ブリスム、バレーム、ブレーム、ヴレームといった地名が Belisma / Belesma 形に遡り、ガラティアの人名ブレサミウスも *Belesamios から説明される。
図像と象徴
この女神を描いたと確実に言える図像は知られていない。名を伝えるのは石と土器の文字であって、像ではない。ミネルウァとの同一視を根拠に、兜と槍と楯を備えたガロ=ローマのミネルウァ像をこの女神の姿として掲げる本があるが、それはローマの図像であり、ベリサマ固有の造形が確認されたわけではない。ガリアの神々には、角を戴く、樽を抱える、犬を伴うといった現地固有の持物を保ったまま表される例が少なくないが、ベリサマにはその手がかりがない。
そのぶん、文字そのものが図像の位置を占める。サン=リジエの石は、ミネルウァの名を一行目に、ベリサマの名を二行目に置く。ローマの神名が上、現地の神名が下という配置に、同一視の語法がそのまま形になっている。ヴェゾンの碑文はギリシア文字でガリア語を綴っており、ローマ以前の南ガリアが、マッサリア(マルセイユ)を介してギリシアの文字を受け入れていたことを示す。像の乏しさを補うのは、この文字資料の質のほうである。
系譜と関係
系譜を伝える資料はない。
ベレヌスの配偶神とする説がしばしば紹介されるが、これは両者の名がともに bel- を含むという語形の類似に基づく近代の推定であり、二柱を並べる碑文も物語も存在しない。ベレヌスの像の傍らに添えられた女性像をベリサマとみる説も同様である。
ミネルウァに重ねられたケルトの女神は他にもいる。ブリタンニアのスリスはバースの温泉でスリス・ミネルウァとして祀られ、ブリガンティアはミネルウァの兜とゴルゴネイオン、ウィクトリアの翼と球を併せ持つ姿で表された。ローマ側から見れば同じミネルウァという受け皿に、出自も職能も異なる複数の現地女神が流し込まれたことになる。したがって「ミネルウァと同一視された」という事実から、直ちに工芸と知恵の女神だったと結論することはできない。ローマ人がガリアやブリタンニアで残したミネルウァへの奉献は、現地の添え名を伴わないものが大半であり、ベリサマはその数少ない例外の一つである。
アイルランドのブリギッドと結びつける説も見られるが、ブリギッドの名はケルト語の brigant-(高い)に遡り、bel- 系とは語源が異なる。名の似た神格を機能で束ねる操作は、ケルトの神々をめぐる論述で繰り返し行われてきたが、語源の裏づけまで確かめる必要がある。
文化的足跡
日本語の一般書やウェブ上の紹介では、ベリサマは「湖・川・炎・工芸を司る女神」「火を扱う諸業を司る巫女のような存在」「光の神ベレヌスの妻」と説明されることが多い。これらは19世紀以降のケルト概説が、語源説と類推を重ねて組み立てた像である。碑文が実際に示すのは、ミネルウァとの同一視、聖域の奉献、そして名が河川と地名に残ったことに尽きる。資料の少なさと、それを埋めようとする後代の想像力との距離は、この女神においてとりわけ大きい。
その名は近代の命名にも用いられ、小惑星(178)ベリザーナはこの女神にちなむ。