虚空蔵菩薩
虚空蔵 · 明星天子 · 大明星天王
虚空のように無尽の智慧と福徳を蔵するとされる菩薩。明けの明星をその化身とし、記憶力を得る修法「求聞持法」の本尊として、空海以来の日本仏教に深く関わった。
解説
概要
虚空蔵菩薩(आकाशगर्भ / Ākāśagarbha)は、大乗仏教の菩薩の一尊である。梵名は「虚空の母胎」を意味し、虚空蔵と漢訳された。虚空すなわち何もない広大な空間を、無尽の智慧と福徳を容れる蔵に見立てた名である。大地を蔵する地蔵菩薩と天地の対をなす一対として立てられたと考えられているが、地蔵の信仰が日本で独自に肥大したこともあって、両者が対で祀られる例は多くない。明けの明星をその化身とし、明星天子、大明星天王とも呼ばれる。
神話・物語
虚空蔵を主題とする経典は『虚空蔵菩薩経』『大集大虚空蔵菩薩所問経』をはじめ十点あまりが漢訳されており、その多くは陀羅尼を説く。物語よりも修法によって信仰を集めた尊格である。『地蔵菩薩本願経』の最終章にも姿を見せ、地蔵とその経を讃える功徳を説くよう釈迦に請う役で現れる。
この菩薩をめぐる説話は、むしろ日本の僧たちの伝記のなかにある。虚空蔵菩薩求聞持法は、定められた作法に従って真言を百日で百万遍唱える行であり、成就した者はあらゆる経典を記憶して忘れることがないとされた。若き空海が阿波の大瀧嶽と土佐の室戸崎に籠もってこれを修し、明星が口へ飛び込んだと『三教指帰』に記した体験は、日本密教の出発点として語り継がれている。日蓮もまた十二歳のとき、仏道を志すにあたって虚空蔵菩薩に二十一日の祈願を行ったと伝えられる。記憶と智慧を求める行が、宗派の開祖たちの伝記に共通して現れる点は見のがせない。
図像と象徴
像容は一定しない。右手に宝剣、左手に如意宝珠を執る形、密教の法界定印を結んだ掌中に五輪塔を載せる形、右手を与願印として左手に如意宝珠を執る形などがある。三つ目が求聞持法の本尊の姿で、東京国立博物館の絹本著色虚空蔵菩薩像(国宝、平安時代12世紀)はこれにあたる。三昧耶形は宝剣と如意宝珠、種子はタラーク(trāḥ)。胎蔵曼荼羅では虚空蔵院の主尊を占める。
特徴的なのが五大虚空蔵菩薩である。虚空蔵の五つの智慧を五体に開いたもので、五智如来の変化身とも説かれる。中央に法界虚空蔵(白)、東に金剛虚空蔵(黄)、南に宝光虚空蔵(青)、西に蓮華虚空蔵(赤)、北に業用虚空蔵(黒紫)を配し、それぞれ馬・獅子・象・金翅鳥・孔雀に乗る。京都・神護寺多宝塔の像(平安初期・国宝)は五体が揃った最古の作例とされ、東寺観智院の像(重要文化財)は空海の孫弟子恵運が唐から請来したものと伝わる。
彫像では奈良・額安寺像、京都・広隆寺講堂像が代表格に挙げられる。奈良・法輪寺の木造虚空蔵菩薩立像は7世紀に遡る古像だが、造立の当初から虚空蔵と呼ばれていたかどうかは定かでない。法隆寺の百済観音像も、宝冠が発見される明治前半までは墨書銘によって虚空蔵菩薩像と呼ばれていた。尊名の同定が後世に動いた例として、記憶されてよい。
系譜と関係
八大菩薩の一尊で、文殊菩薩・普賢菩薩・観音菩薩・勢至菩薩・地蔵菩薩・弥勒菩薩・除蓋障菩薩とともに数えられる。地蔵との対をなす関係は名の上で明瞭だが、教理の体系として整えられたわけではなく、後から見いだされた対称である。
明星との結びつきは、この尊格を天体の信仰へも接続させた。明星天子の名で金星と同一視され、空海の求聞持法の体験そのものが明星の飛来として語られる。虚空を名に負う菩薩が、虚空に最も明るく光る一点と結ばれたことになる。
文化的足跡
京都・嵐山の法輪寺では、数え十三歳になった少年少女が虚空蔵菩薩に智慧を授かりに詣でる「十三詣り」が今日も続く。帰りに渡月橋を渡り終えるまで振り返ってはならないという禁忌が添えられており、振り返れば授かった智慧が失われるとされる。福島の円蔵寺、千葉の清澄寺、茨城の日高寺は日本三大虚空蔵として知られる。
記憶と学業に効験があるという性格から、現代でも受験にあたって詣でられることがある。創作作品で扱われるときも求聞持法の超人的な記憶力という側面に偏りがちで、経典が並べて説く福徳の相はあまり顧みられない。