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祝融
PLATE — 祝融
SINÆ · 中国神話・道教
祝融

祝融

祝融氏 · 火徳星君 · 火徳真君

蒋應鎬画『山海経』1597年刊本 PUBLIC DOMAIN

中国神話の火の神。南方・夏・赤を司り、五行では火に配される。獣身人面で二匹の竜に乗る姿が『山海経』に記され、水神共工との戦いで知られる。

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解説

概要

中国神話・道教の火の神。同時に南方の神・夏の神であり、五行の配当では火にあたる。竈の神である灶神とも重ねられ、道教では南方赤帝灶君・火徳星君などの称号をもつ。多くの職掌を兼ねる点に、五行の格子のなかで神が位置を与えられるという中国的な神格のあり方がよく表れている。後漢の『白虎通義』は、伏羲・神農と並べて祝融を三皇の一人に数える。

神話・物語

山海経海外南経は、祝融を南方の神とし、獣の身体に人の顔をもち、二匹の竜に乗ると記す。同じ書の海内経は炎帝の系譜を引いて祝融をその後裔に置き、祝融が江水に降って共工を生んだとする。

天帝の命を執行する役として現れることが多い。『山海経』海内経では、天帝の許しを得ずに洪水を防いだ鯀(こん)を、天帝の命によって羽郊で誅する。『墨子』非攻下では、殷の湯王が夏を滅ぼす際、天帝の命を受けて夏の都に火を降らせる。火は温める力であると同時に、罰として下される力でもある。祝融が担うのはもっぱら後者である。

共工との戦いは、後代に整えられた話である。唐の司馬貞が『史記』に補った「三皇本紀」は、共工が帝位を狙って反乱を起こし、祝融がこれを破ったとし、敗れた共工が不周山に頭を打ちつけて天柱を折ったと語る。水と火の対決という構図はここで明確になるが、より古い淮南子「天文訓」では共工の相手は顓頊であり、祝融は登場しない。二つを一続きの神話として語ることはできない。

図像と象徴

1597年に刊行された山海経の挿絵本(蒋應鎬画)は、祝融を、二頭の竜を踏まえて空をゆく人面の神として描き、傍らに火を捧げ持つ従者を配する。獣身人面という素っ気ない記述を、衣冠を備えた神像の形に翻訳した図であり、以後の祝融像の基準となった。

図像の側から見ると、祝融はしばしば赤へ集約される。五行では火に赤が配され、南方には朱雀が置かれるため、祝融・火・南・夏・赤・朱雀が一つの束をなす。道教の版画では赤面・赤衣で表され、背に火焔を負う。他方、灶神と重ねられた側面では、台所に貼られる紙の神像の系統に連なり、家ごとの小さな祀りの対象ともなった。天界の火を統べる大神と、竈の前の身近な神という二つの相をあわせもつ点が、この神の図像の幅を作っている。

系譜と関係

炎帝の後裔とされ、山海経海内経の系譜では炎居・節並・戲器を経て祝融に至り、その子が共工である。共工の子として后土が置かれることもあり、火と水と土が一系の親子として並ぶ。ただし『史記』などは共工を黒帝の後裔とし、系譜は一本化されていない。『史記』では祝融が五帝時代の官名として扱われる例もあり、神と職名の境が曖昧である。祝融氏の名は後世の氏族の由来としても引かれ、『三国志演義』の祝融夫人はその末裔とされる。

文化的足跡

火災に遭うことを「祝融に遇う」と言い習わし、この言い回しは今も中国語圏で用いられる。道教の廟では火徳真君として祀られ、火伏せの祈願を受けてきた。湖南省の衡山の主峰が祝融峰と呼ばれるのは、南岳の神とされたことによる。2021年に火星へ着陸した中国の探査車は、火の神の名から祝融号と名づけられた。

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領分・別名

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資料

Wikidata
Q198249 — 骨格データの出典
Commons
Zhurong — 図像カテゴリ