孫悟空
斉天大聖 · 美猴王 · 孫行者
『西遊記』の主人公である霊猴。石から生まれ、七十二変化と觔斗雲を操り、天宮を騒がせた末に仏へ降される。三蔵法師に従い天竺への旅を守った斉天大聖。
解説
概要
孫悟空(そんごくう、Sūn Wùkōng)は、明代の白話小説『西遊記』の主人公である霊猴(れいこう)である。花果山の仙石から生まれ、変幻自在の術を身につけて天界を騒がせた末、仏法に帰依して唐僧・玄奘(三蔵法師)の天竺への旅を守護する。斉天大聖(せいてんたいせい=天に斉しき大聖)を自称し、規範に縛られぬ反逆児にして機略に富むトリックスターの典型として、東アジアでもっとも愛された物語上の存在のひとつである。
物語
花果山頂の仙石が割れて生じた石猿は、猿たちの王となったのち、道術を求めて須菩提祖師(しゅぼだいそし)に学び、七十二変化(変身術)と、一跳びで十万八千里を飛ぶ觔斗雲(きんとうん)を体得する。東海竜王の水晶宮からは、意のままに伸縮する如意金箍棒(にょいきんこぼう)を得、冥府の生死簿から自らの名を消して不死を手にした。
天界は彼を懐柔しようと官職を与えるが、悟空は蟠桃園(ばんとうえん)の仙桃や太上老君の仙丹を食い荒らし、ついに斉天大聖を称して大暴れする(大鬧天宮=てんぐうをおおいにさわがす)。捕らえられて八卦炉(はっかろ)に投じられても死なず、かえって火眼金睛(かがんきんせい)を得て脱する始末であった。手を焼いた天帝は釈迦如来に救いを求め、悟空は如来の掌を出られぬまま五行山(ごぎょうざん)の下に封じられる。
五百年ののち、経典を求めて西へ向かう玄奘に救い出され、頭に嵌(は)められた緊箍(きんこ)の輪と、それを締める呪文によって行いを律せられながら、猪八戒・沙悟浄とともに幾多の妖魔を退けて旅を全うする。旅の果てに悟空は闘戦勝仏(とうせんしょうぶつ)の位を得た。
図像と象徴
孫悟空の姿は、猴(さる)の相貌に人の身をとる。頭には金の緊箍を戴き、虎の皮の裳(も)をまとい、手には如意棒を握るのが定型である。棒を耳の奥に縫い針ほどに収める描写、雲に乗って翔ける姿、あるいは変身の途中を捉えた図も好まれた。清代の版本『西遊原旨図像』の挿絵をはじめ、木版画や年画に数多く刻まれ、京劇では隈取(くまど)りを施した「猴戯(こうぎ)」の花形として、洗練された所作が磨かれた。
関わる伝承
孫悟空の造型がどこから来たかについては、古くから議論がある。魯迅は『中国小説史略』(1923年)で、淮河(わいが)の水を荒らし、禹(う)に捕らえられて亀山の下に鎮められた猿形の水怪・無支祁(むしき)を原型とみる中国土着説を唱えた。一方、胡適(こせき)は同じ頃の『西遊記』考証で、インドの叙事詩『ラーマーヤナ』の猿神ハヌマーンの影響を疑う外来説を提起した。『ラーマーヤナ』の漢訳が『西遊記』成立より後である点などから土着説を支持する研究者も多く、両者を折衷する見方もある。決着はついておらず、孫悟空の起源は比較神話・小説史の難問であり続けている。
文化的足跡
『西遊記』の孫悟空は、東アジアの演劇・絵画・語り物に絶大な影響を残し、今日も映画・アニメ・ゲームなどで繰り返し新たな姿を与えられている。日本の漫画『ドラゴンボール』の主人公「孫悟空」がこの霊猴に名を借りたことは、その広がりを示す一例である。