猪八戒
猪悟能 · 猪剛鬣 · 天蓬元帥
小説『西遊記』で三蔵法師に従う豚の姿の妖仙。天界の水軍を率いる天蓬元帥であったが罪を得て堕ち、食欲と色欲を抱えたまま取経の旅に加わる。
解説
概要
西遊記で玄奘三蔵に従う弟子の一人。豚の頭に人の身体をもつ妖仙で、九本の歯をもつ釘鈀(ていは)を武器とする。孫悟空が知略と武勇を担うのに対し、八戒は食欲・色欲・怠惰をそのまま体現し、物語に笑いと停滞をもたらす。ただし原作の八戒は戒律を守り通す僧としても描かれており、単なる道化ではない。中国語の「猪」は家畜のブタを指す。日本では長く猪(イノシシ)と訳され、豚と正しく訳したのは1931年の弓館小鰐の翻訳が最初とされる。
登場する物語
もとは天界で天の川を管理し、水軍を率いる天蓬元帥であった。蟠桃の宴の折に酔って嫦娥に強引に言い寄った罪で罰を受け、地上へ落とされる。人に生まれ変わるはずが誤って雌豚の胎に入り、豚の妖怪として生まれた。福陵山で人を食らっていたところ、経典を取りに行く者を探していた観音菩薩に出会い、猪悟能の法名を授かって五葷三厭を断つ。
待ちくたびれて人里に下り、高老荘の商家に婿入りしていたところを孫悟空と戦い、相手が待ち人の一行と知って降参する。三蔵は、禁を守り続けていたことに感心して八戒(八斎戒)の名を与えた。天竺からの帰還後は浄壇使者に任じられる。仏や羅漢となった三蔵・悟空・沙悟浄に対して自分だけ「使者」だと不平を漏らすが、これは供物の残りを食べてよい役であり、大食への配慮なのだと釈迦如来は説く。
図像と象徴
清代の刊本挿絵では、長い鼻と垂れた大きな耳、突き出た腹をもつ僧形の人物として描かれ、肩に釘鈀を担ぐ。釘鈀は九本の歯をもつ馬鍬状の農具で、太上老君の作、元帥昇進の祝いに天帝から下されたものとされる。天界の武将の得物が農具であることは、この人物が天に属しながら土の側にも足を置いていることをよく表す。
頤和園の長廊の彩画や皮影戯(影絵芝居)の人形では、豚面に僧衣という組み合わせが定型となった。京劇では専用の隈取りと張り出た腹の詰め物を用いる。時代が下るにつれ、醜怪な妖怪の相から福々しい姿へ移っていき、台湾では豬哥神として神像に彫られるまでになった。日本の絵画や映像では人間に近い姿で描かれることが多く、中国の造形とはかなり隔たりがある。
関係する神格
孫悟空・沙悟浄とともに三蔵の弟子となる。悟空にはしばしばからかわれ、力では及ばないが、水中の戦いでは働きを見せる。前身の天蓬元帥は北極紫微大帝の配下とされ、『西遊記』より古い西遊雑劇の系統では摩利支天の配下・御車将軍だったとする説もある。天界時代の因縁として嫦娥が、改心の契機として観音菩薩が関わる。
文化的足跡
中国では孫悟空をしのぐ人気を語られることもあり、「猪八戒、人参果を吃らう」——珍味を口にしながらその価値がわからないこと——のような諺も生まれた。台湾では童乩(タンキー)が憑依を受ける神としても知られる。現代の映像・漫画・ゲームにも三蔵一行の一員として繰り返し登場するが、そこで強調されるのは怠惰と食欲の側であり、戒律を守り通す僧という原作の一面は省かれることが多い。
領分・別名
親・配偶者・子までを表示(全体はフル系図ページへ)。実線=主要伝承/点線=異伝・別系統。