太上老君
たいじょうろうくん · 道徳天尊 · 混元老君
老子が神格化された道教の神で、三清の一柱。後漢に神格化が進み、張陵に教えを授けたとされる。唐の皇室は祖先として尊び、老子が西方で仏陀になったとする「老子化胡説」の主人公ともなった。
解説
概要
太上老君(たいじょうろうくん)は、道教で神格化された老子である。道徳天尊・混元老君などとも呼ばれ、最高神格である三清の一柱として、三十六天の上層の一つ太清境に住むとされる。三清では元始天尊・霊宝天尊に次ぐ位に置かれ、元始天尊の化身とも説かれる。
信仰
老子の神格化は後漢に進んだ。165年、桓帝は使者を老子の生地とされる苦県に遣わして祀らせ、そのとき辺韶が撰した『老子銘』は、老子を天地の始まりから世に現れて聖人の師となった存在として描いている。同じ頃、五斗米道の祖とされる張陵は、142年に蜀の鶴鳴山で太上老君から教えを授けられたと伝える。教団の注釈書『老子想爾注』は、「一」が散じて気となり、集まって太上老君となると説き、老子を道そのものの現れとした。
唐の皇室は姓が李であったため、老子(李耳)を祖先として尊んだ。高宗は666年に「太上玄元皇帝」の号を贈り、宋の真宗も1014年に「太上老君混元上徳皇帝」の号を加えている。
老子が西方へ去って胡の地で仏陀となり、あるいは仏陀を教化したとする「老子化胡説」は、西晋の道士王浮の『老子化胡経』で広まった。仏教側は、老子を釈迦の弟子迦葉の化身とする説で対抗した。論争は元代まで続き、1281年、フビライは『道徳経』を除く道教経典の焼却を命じた。
『抱朴子』雑応篇は、瞑想で思い描くべき老君の姿を、身の丈九尺、鳥のくちばし、耳の長さ七寸、額に三本の筋をもつと記す。
図像と象徴
白髪白髭の老人として表され、扇を手にすることが多い。三清を並べる祭壇では、中央の元始天尊の右(向かって左)に坐す。主画像は道徳天尊を描いた作者不詳の絵画である。
系譜と関係
三清の一。八仙の李鉄拐は、太上老君に道を学んだと伝えられる。
文化的足跡
『西遊記』の太上老君は、兜率宮の八卦炉で金丹を煉る。その金丹を盗み食いした孫悟空は炉に投じられるが、四十九日後に飛び出して炉を蹴倒し、煙にいぶされて火眼金睛を得た。老子の生地とされる河南省鹿邑には太清宮が残り、老子を祀っている。
なお道教は今日も信仰されている生きた宗教であり、本項の記述はその神格の伝承と図像に関する学術的な整理である。