ネクベト
ネケベト · ネヘブト · Nekhbet
上エジプトを守るハゲワシの女神。エル・カーブを本拠とし、下エジプトのウアジェトと対をなして統一エジプトの二女神と呼ばれた。
解説
概要
ネクベト(エジプト語 nḫbt)は、上エジプトの守護女神である。名は本拠の都ネケブ(現エル・カーブ)に由来し、「ネケブの女」を意味する。ハゲワシの姿で表され、下エジプトのコブラの女神ウアジェトと対をなす。両者を合わせて「ネブティ(二女神)」と呼び、ファラオの正式な称号の一つはこの二柱の名で始まる。
神話・物語
ネクベトを主人公とする神話は乏しく、この女神が現れるのはもっぱら王権の場面である。ネケブの聖所はエジプト最古級の神殿の一つで、対岸のネケン(ヒエラコンポリス)とともに、先王朝末期における上エジプトの宗教的・政治的中心をなした。国土が統一されると、その守護は上エジプトを越えて全土に及ぶ。
ピラミッド・テキストには、ネクベトとウアジェトが死後の王に乳を与える場面がある。王は幼子のような姿でそれを受け、王たる資格を保たれる。生きた王を守り、死んだ王を養い直すという二重の役割が、この二柱に託されていた。
図像と象徴
ネクベトは、王の姿の上を翼を広げて飛ぶハゲワシとして描かれるのが典型である。爪には、輪を閉じた形で永遠の守護を表すシェン記号を掴む。神殿の天井や門の上部にこの図が並ぶのは、通る者の頭上に守りを及ぼすためである。ハトシェプスト女王のデイル・エル=バハリ葬祭殿には、彩色をよく残す作例がある。
種の同定については議論がある。アラン・ガーディナーはこの図像のハゲワシをシロエリハゲワシとしたが、新王国美術の作例に見える青みを帯びた嘴とたるんだ首の皮膚から、ミミハゲワシに近いとする指摘も出された。動物を写実的に捉えたエジプト美術において、この違いは細部の趣味の問題では済まない。
王妃や女神が被るハゲワシ形の頭飾りもネクベトに由来する。新王国の王の埋葬では、この頭飾りに蛇形記章が並んで置かれた。ただしこの組み合わせを、ウアジェトとネクベトではなく葬祭の二女神イシスとネフティスと見る解釈も提出されている。
系譜と関係
明確な系譜をもたない。ウアジェトとの対が、この女神を規定するほとんど唯一の関係である。二柱は多くのエジプトの神々のように融合することなく、別の神格のまま並び続けた。それぞれの祭祀が独立して強固だったためとされる。後代にはハトホルやムトと重ねられ、その頭飾りや性格の一部を分け合っている。
文化的足跡
ネクベトの図像そのものが広く知られているとはいえないが、翼を広げて王を覆うハゲワシは、エジプトの神殿建築を歩けば必ず頭上に見出される意匠である。エル・カーブの遺跡は、先王朝期から末期王朝までの層を連ねる稀な遺跡として、現在も発掘が続いている。