ラティ
マーヤーヴァティー · カーマの妃 · ダクシャの娘
愛欲と快楽を司る女神で愛神カーマデーヴァの妃。夫が焼かれたのちの嘆きと、転生した夫を育てて妻となった経路で知られている。
解説
概要
ラティ(Rati / रति)は、愛欲と快楽を司る女神である。名は「快」「愛の営み」を意味する。愛神カーマデーヴァの妃であり、夫がシヴァの第三の眼に焼かれたのちの嘆きによって知られる。のちに魔王シャンバラの厨を預かるマーヤーヴァティーとして生まれ、赤子のプラデュムナを育て、成長したその子と結ばれた。育ての母から妻へ転じるという、この女神に固有の経路をもつ。
神話・物語
出自はダクシャの娘とする伝えが広く行われる。プラーナの多くは、ブラフマーの意から生まれたカーマの妃として彼女を配し、春の神格ヴァサンタとともに常に夫を伴う者として描く。
最も名高いのが、夫を失ったのちの嘆きである。アスラのターラカを討ちうるのはシヴァの子だけであったため、神々は苦行に沈む神の心を動かそうとしてカーマを差し向けた。花の矢は届いたが、妨げられた苦行者は第三の眼を開いて彼を灰にする。カーリダーサ『クマーラサンバヴァ』第四章は、この場面に続く彼女の嘆きを一章まるごと費やして描いた。ラティ・ヴィラーパ(ラティの慟哭)と呼ばれ、サンスクリット詩における哀傷の代表とされる。彼女の懇願を容れて、シヴァは姿をもたぬままなら夫が存在してよいと定めた。
再会の筋は『バーガヴァタ・プラーナ』が伝える。夫がクリシュナとルクミニーの子として生まれ変わると告げられた彼女は、魔王シャンバラの城で厨を預かるマーヤーヴァティーとして待った。魔王が海へ投げ込んだ嬰児が、魚の腹から現れて厨に運ばれてくる。彼女はそれと知って引き取り、我が子として育てた。長じたとき、自分が母ではなく前世の妻であることを明かし、幻術を授けて魔王を討たせる。二人はドヴァーラカーへ帰り、夫婦となった。
育てた相手と結ばれるという展開は、母と妻という役割が同じ一人のうちで移り変わる特異な構成をなしている。
図像と象徴
若く美しい女性として、夫とともに描かれるのが通例である。鸚鵡を乗騎とし、花と甘蔗の弓を伴う。単独で祀られることはほとんどなく、カーマデーヴァ像の傍らに配される。カルナータカのハレビードゥなど、ホイサラ朝の寺院彫刻に作例が残る。象徴となるのは、灰となった夫の傍らに残された姿そのものである。
系譜と関係
父はダクシャとする伝えが広い。夫はカーマデーヴァ、その転生であるプラデュムナ。子はアニルッダ。転生後の名マーヤーヴァティーは「幻の女」を意味し、幻術に長けた者として描かれる。義理の関係としては、クリシュナとルクミニーが舅と姑にあたる。
文化的足跡
ホーリーの祭には、カーマとラティを祀る地域がある。夫が焼かれた日を火祭りに重ねる理解であり、南インドではとくにこの結びつきが強い。
サンスクリット詩学において、ラティは恋情のラサ(味わい)そのものを指す語でもある。人格神としての彼女と、美学における情の名とが同じ語を共有することによって、この女神は文学理論の語彙のなかにも生き続けている。カーリダーサの慟哭の一章は、後代の詩人が哀傷を書くときの範として繰り返し参照された。
領分・別名
親・配偶者・子までを表示(全体はフル系図ページへ)。実線=主要伝承/点線=異伝・別系統。