カーマ
カーマ · 愛欲 · 快楽
「愛」「愛欲」「快楽」を意味し、人生の四大目的の一つ。リグ・ヴェーダは宇宙の始まりに「カーマが生じた」と歌い、存在しようとする意志として創造の契機に置く。人生の目的でありながら解脱の障害でもある。
解説
概要
カーマ(Kāma)は、ヒンドゥー教における「愛」「愛欲」「快楽」を意味するサンスクリット語であり、同時にそれを神格化した神の名でもある。
インド人の人生の四大目的(プルシャールタ)——ダルマ(法)、アルタ(富)、カーマ(愛)、モークシャ(解脱)——の一つである。
神格としてのカーマはカーマデーヴァの項に譲る。本項は、概念としてのカーマと、その思想史における位置を扱う。
概念としてのカーマ
カーマは、感覚的な快楽、性愛、美的な喜び、そして欲望一般を指す。狭義には性愛だが、広義には音楽、詩、食物、香りといった感覚の喜びすべてを含む。
『リグ・ヴェーダ』第10巻129歌(ナーサディーヤ讃歌)は、宇宙の始まりに「カーマ」が生じたと歌う。「初めに欲望(カーマ)が生じた。それは心の最初の種子であった」——創造の原動力としてのカーマである。
ここでのカーマは性愛ではなく、存在しようとする意志に近い。無から有が生じる契機として、欲望が置かれている。
四大目的における位置
ヒンドゥーの伝統において、カーマは正当な人生の目的の一つである。ダルマ(法)に反しない限り、快楽の追求は肯定される。
『カーマ・スートラ』(ヴァーツヤーヤナ、4世紀頃)は、カーマを体系的に論じた文献である。性愛の技法として知られるが、実際には市民生活の作法、恋愛の心理、都市の文化を含む広範な論書である。
一方、解脱を目指す立場からは、カーマは克服すべき束縛とされる。『バガヴァッド・ギーター』は「カーマとクローダ(怒り)は魂の敵である」と説く。
肯定と否定の双方が併存するという点が、この概念を規定する。人生の目的でありながら、解脱の障害である。
図像と象徴
固有の図像は伝わらず、本サイトも主画像を掲げない。神格としての図像はカーマデーヴァの項に譲る。
関わる神格・伝承
神格化されたカーマはカーマデーヴァ。妻はラティ(快楽)。仏教ではマーラと結びつけられる。
文化的足跡
「カーマ・スートラ」の名は西洋で広く知られるが、その内容は性愛の技法に限られない。19世紀のリチャード・バートンによる英訳が、この偏った理解を広めた。
なおヒンドゥー教は今日も信仰されている生きた宗教であり、本項の記述はその神格の伝承と図像に関する学術的な整理である。