ラーダー
ラーディカー · ラーセーシュヴァリー · ヴリンダーヴァネーシュヴァリー
ヒンドゥーの女神。クリシュナが最も愛した牧女で、その恋は神と人の魂の合一の比喩として説かれる。12世紀の『ギータ・ゴーヴィンダ』以降、信仰と美術の主要な主題となった。
解説
概要
ヒンドゥー神話の女神。ブラジ地方の牧女(ゴーピー)の筆頭で、クリシュナが最も愛した相手として語られる。ヴィシュヌ派の神学では、クリシュナに内在する歓喜の力(フラーディニー・シャクティ)そのものとされ、両者は分かちがたい一対をなす。愛の神としての性格は、後代のバクティ運動のなかで、神を求める心そのものの象徴へと高められた。
神話・物語
ラーダーは、古い文献にほとんど姿を見せない。クリシュナと牧女たちの交わりを詳述する『バーガヴァタ・プラーナ』にも、彼女の名は現れない。確認できる最も早い例は、ハーラ王の名を冠するプラークリット詩集『ガーター・サプタシャティー』(1〜2世紀頃)で、そこでは一句に触れられるにすぎない。ラーダーを主役の座に据えたのは12世紀の詩人ジャヤデーヴァの『ギータ・ゴーヴィンダ』である。逢瀬と離別、嫉妬と和解を経る二人の情愛を官能的な筆致で歌い、以後のラーダー像を決定づけた。哲学の側では、ほぼ同時代のニンバールカがラーダーを礼拝の対象として初めて明確に位置づけている。
伝承では、バルサーナーの牧童長ヴリシャバーヌの娘として生まれたとも、ヤムナー河に浮かぶ千弁の蓮の上に見出されたとも語られる。彼女がクリシュナ、そしてゴーピーたちと月夜に踊る輪舞がラーサ・リーラーであり、ラーダー信仰の中心をなす場面である。
クリシュナとの関係の位置づけは宗派によって割れる。ニンバールカ派は二人を永遠の夫婦(スヴァキーヤ)とし、対してチャイタニヤ(1486頃-1534)に始まるガウディーヤ・ヴァイシュナヴァ派は、ラーダーを他家に嫁いだ身(パラキーヤ)とみる。後者の立場では、世俗の規範を破ってまで神のもとへ赴く行為こそが献身の極致とされ、社会的な不義という設定そのものが神学的な意味を担う。さらにラーダー・ヴァッラバ派やハリダーシー派に至っては、クリシュナではなくラーダーのみを至高の存在として礼拝する。
図像と象徴
彫像よりも絵画において圧倒的に多く表される。ラージプート絵画とパハーリー諸派の細密画は、『ギータ・ゴーヴィンダ』とケーシャヴダースの『ラシカプリヤー』を典拠に、雨雲の下の逢瀬、鏡に向かう化粧、嫉妬に背を向ける姿、互いの衣を取り替える戯れといった主題を無数に描いた。青黒い肌のクリシュナに対し、ラーダーは溶けた黄金にたとえられる明るい肌をもつ。この対比が画面の色彩構成そのものを決めている。キシャンガル派の《バニー・ターニー》——鋭い眉、伸びやかな蓮の目、細い唇と尖った顎——は、その理想像を様式化の極点まで押し進めた例である。
寺院の本尊としては、クリシュナの左に立ち、花輪を手にした姿が定型となる。両者を左右半身に合わせた形(アルダナーリー形)も『シヴァ・プラーナ』などの文献とマハーラーシュトラの作例に見え、二神の不可分性を造形として示す。
系譜と関係
父ヴリシャバーヌ、母キールティダー。ラリターとヴィシャーカーを筆頭とする八人の女友(アシュタサキー)が常に伴う。神学上はラクシュミーの化身とされ、クリシュナがヴィシュヌの化身であることと対応する。
しばしばシーターと対に置かれる。シーターが社会的な務めを自覚した王妃であるのに対し、ラーダーは一人の相手との情愛にすべてを注ぐ。ヒンドゥー教はこの相反する二つの女性像を、いずれも退けることなく併存させてきた。ラーマ信仰においてシーターが夫に従う位置に置かれるのに対し、ラーダー信仰ではしばしばラーダーの名がクリシュナに先んじて唱えられる点も対照的である。
文化的足跡
『ギータ・ゴーヴィンダ』はプリーのジャガンナート寺院で夜ごと歌われ、オリッシー、カタック、マニプリといった古典舞踊の主要な演目を生んだ。ヴィディヤーパティ、チャンディーダース、スールダース、ミーラー・バーイーら15〜16世紀の詩人たちは各地の言語でラーダーを歌い、バクティ運動の広がりとともにその名を運んだ。ヴリンダーヴァンとバルサーナーは今日も巡礼地であり、誕生日ラーダーシュタミーが祝われる。20世紀以降はインド映画やテレビ神話劇の定番の主題となり、ラーダー・クリシュナ図はインドの宗教版画のなかで最も流布した図像のひとつであり続けている。
領分・別名
親・配偶者・子までを表示(全体はフル系図ページへ)。実線=主要伝承/点線=異伝・別系統。