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大国主
PLATE — 大国主神
YAMATO · 日本神話
大国主神

大国主

大国主神 · 大国主命 · 大己貴命

Yashima Gakutei (八島岳亭)/The Metropolitan Museum of Art (CC0) CC0

出雲を治めた国つ神の代表。因幡の白兎を癒し、少彦名とともに国を造り、のちに国土を天つ神へ譲った。縁結び・医薬・国造りの神として、出雲大社に祀られる。

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解説

概要

大国主(おおくにぬし)は、日本神話における国つ神(くにつかみ)の代表であり、出雲大社の主祭神である。因幡の白兎を癒した慈悲、少彦名(すくなびこな)とともに成し遂げた国造り、そして天つ神への国譲りと、この神をめぐる物語は多い。医薬縁結び・国造りの神として篤く信仰され、大穴牟遅(おおなむち)・八千矛(やちほこ)など多くの別名をもつ。天上の高天原に対する、地上・出雲の世界の主というべき神である。

神話・物語

大国主は、スサノオの子孫とされる。若き日には大穴牟遅と呼ばれ、多くの兄神(八十神)に従う末子であった。旅の途上、皮を剝がれて苦しむ因幡の白兎に出会い、真水で身を洗い蒲(がま)の花粉にくるまるよう教えて癒す——因幡の白兎の物語である。この慈悲深さが、のちに医薬の神としての性格へとつながる。

兄神たちの妬みを買った大穴牟遅は、二度までも殺されては甦り、ついにスサノオのいる根の堅州国(ねのかたすくに)へ逃れる。そこで蛇や火の試練を課されるが、スサノオの娘須勢理毘売(すせりびめ)の助けで乗り越え、姫を連れて地上へ帰り、国造りに乗り出した。海の彼方から現れた小さな神、少彦名と力を合わせ、田畑を拓き、病を治す術やまじないを定めて、葦原中国を豊かに整えていく。

やがて高天原の天照大神は、この地上の国を天つ神が治めるべきものとして、使者を遣わし国譲りを迫る。大国主は、壮大な宮殿を建てて祀られることを条件に、造り上げた国を譲り渡した——この宮が出雲大社の起こりとされる。子の事代主はこれに従い、建御名方(たけみなかた)は抗って諏訪へ退いたと伝えられる。国譲りののち、天照大神の孫ニニギが地上へ降ることになる。

図像と象徴

大国主の図像は、二つの相をもつ。一つは記紀神話の英雄神としての相であり、白兎を癒す場面や、大きな袋を背負って旅する若き大穴牟遅の姿が描かれる。いま一つは、習合によって大黒天と重ねられた「大黒様」の相で、頭巾をかぶり、打出の小槌と大きな袋を持ち、米俵に乗る福々しい姿である。大国と大黒の音が通じたことが、この習合の入り口であった。本項に掲げる八島岳亭の摺物も、こうした大国主の主題を描いたものである。

象徴として大国主に託されるのは、造ることと譲ることの両面である。苦難のすえに国を築き上げ、しかも求められればそれを静かに手放す——その物語は、地上を拓いた国つ神が、天つ神の秩序へと場を譲る過程を語っている。

系譜と関係

スサノオの子孫にあたり、須勢理毘売を正妻とするなど多くの妻をもつ。子の一人が、釣りを好んだと伝えられる事代主で、のちに海の神えびすと結びつけられた。大国主自身が大黒天と習合したことと合わせ、「えびす・大黒」の親子という理解も生まれた。国造りの盟友である少彦名は、大国主とは対照的に小さな体の神として描かれる。

文化的足跡

大国主を祀る出雲大社は、縁結びの聖地として知られ、旧暦十月に全国の神々が出雲へ集うという「神在月(かみありづき)」の信仰でも名高い。大黒様としてのすがたは、七福神の一員として今も広く親しまれている。近現代の創作にも登場するが、そこでの描写は作品ごとの解釈であり、記紀の伝える姿とは切り分けて捉えるのがよい。

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領分・別名

親・配偶者・子までを表示(全体はフル系図ページへ)。実線=主要伝承点線=異伝・別系統

SUSANOO
スサノオ
刺国若比売
天之冬衣神
奇稲田姫
大国主神
大国主
日本神話
八上比売
配偶者
湍津姫
配偶者
田心姫
配偶者
刺国若比売
天之冬衣神
奇稲田姫
大国主神
大国主
日本神話
八上比売
配偶者
湍津姫
配偶者
田心姫
配偶者
収載データなし
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04

資料

Wikidata
Q276944 — 骨格データの出典
Commons
Ōkuninushi — 図像カテゴリ