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タケミナカタ
PLATE — 建御名方神
YAMATO · 日本神話
建御名方神

タケミナカタ

タケミナカタ · 建御名方神 · 南方刀美神

諏訪大社本宮/CC BY-SA 3.0 CC BY-SA 3.0

大国主神の子で、国譲りに唯一武力で抵抗し建御雷神と力比べをして敗れ、諏訪に逃れて「この地から出ない」と誓った。相撲の起源とされる。諏訪大社の祭神で、諏訪の伝承では逆に征服者として語られる。

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解説

概要

タケミナカタ(ミナカタトミ、タケミナカタトミ)は、『古事記』等に伝わる日本神話の神。『古事記』と『先代旧事本紀』では建御名方神、『日本書紀』以外の国史では南方刀美神、御名方富命神、建御名方富命等とも表記される。

諏訪大社(長野県諏訪市ほか)の祭神として祀られていることから、諏訪神、諏訪明神、諏訪大明神、お諏訪さまなどとも呼ばれる。

系譜

『古事記』においては事代主神と同様に大国主神の御子神とされている。しかし大国主の系譜を記した箇所にはタケミナカタの記載がないため、母は明らかでない。『先代旧事本紀』では大己貴神と高志沼河姫の御子神とされる。

神話での記述

『古事記』の国譲りにおいて、建御雷神が大国主神に国譲りを迫ったとき、事代主神は承諾したが、建御名方神は千引の岩を手先で捧げ持ちながら現れ、「力比べをしよう」と言って建御雷神の手を掴んだ。

建御雷神はその手を氷柱に変え、さらに剣の刃に変えたので、建御名方神は恐れて退いた。今度は建御雷神が建御名方神の手を取ると、若い葦を掴むように握り潰して投げ飛ばした。建御名方神は逃げ、建御雷神は追って科野国(信濃)の州羽の海(諏訪湖)に至り、殺そうとした。建御名方神は「この地から出ない。父と兄の言葉に背かない。葦原中国は天津神の御子に献上する」と誓った。

この力比べが相撲の起源とされる。

諏訪信仰

『古事記』の記述は、諏訪の神を出雲系の神として天孫に服属させる構成をとる。しかし諏訪大社の伝承では、諏訪明神は諏訪に外から入った神であり、土着の神洩矢神と戦って勝ち、これを従えたとされる。『古事記』の敗者が、諏訪では征服者になっている。

諏訪大社の神事——御柱祭、御頭祭——は、記紀の枠組みとは異なる独自の神話と結びついている。諏訪明神は狩猟の神、風の神、軍神として信仰された。

図像と象徴

本サイトが掲げるのは、諏訪大社本宮の写真である。

抵抗して敗れる者という位置が、記紀における建御名方神を規定する。国譲りにおいて唯一武力で抵抗した神であり、その敗北が国譲りの完成を意味する。

諏訪から出ないという誓いは、この神が諏訪の地に封じられたことを示す。以後、諏訪明神は諏訪を出ないとされる。

関わる神格・伝承

父は大国主神、兄は事代主神。妻は八坂刀売神。討ち手は建御雷神。

文化的足跡

諏訪大社は全国約二万五千社の諏訪神社の総本社であり、御柱祭は日本の三大奇祭の一つに数えられる。武田信玄が諏訪明神を軍神として信仰したことは名高い。

なお神道は今日も信仰されている生きた宗教であり、本項の記述はその神格の伝承と図像に関する学術的な整理である。

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領分・別名

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資料

Wikidata
Q9150391 — 骨格データの出典