リノス
リヌス · リノス · Linos
オルペウスと並ぶギリシアの伝説的詩人。ヘーラクレースの音楽の師で、叱ったために撲殺されたと伝えられる。名は哀歌の囃子詞に由来する。
解説
概要
リノス(Λῖνος / Linos)は、オルペウスやムーサイオスと並ぶギリシアの伝説的な詩人・音楽家である。ただし彼の伝承は互いに噛み合わず、古代からすでに複数人説があった。
出発点は人物ではなく歌のほうにあった可能性が高い。ギリシアには「アイリノン」という囃子詞をもつ哀歌の型があり、『イーリアス』第18巻のアキレウスの楯にも、葡萄の収穫に際して少年が「リノスの歌」を歌う場面が刻まれている。ヘーロドトスは、この歌がエジプトやフェニキアにも同じ形で存在すると記した。名を持つ詩人が先にいて歌が生まれたのではなく、広く歌われていた哀歌の名を説明するために詩人が用意された——というのが今日の一般的な理解である。
神話・物語
伝承は大きく三系統に分かれる。
テーバイ系では、アムピマロスとウーラニアー(あるいはカリオペー)の子とされ、アポローンに歌を競って挑み、殺された。神に技を挑んで罰を受けるという、ムーサ圏に繰り返し現れる型である。
アルゴス系では、アポローンとアルゴス王クロトーポスの娘プサマテーの子とされる。生まれた子は父の怒りを恐れた母に棄てられ、羊飼いの犬に食い殺された。プサマテーも父に殺される。怒ったアポローンはアルゴスに疫病を、あるいは子を奪う怪物ポイネーをもたらした。国は哀歌を作って神の怒りを鎮めたという。ここでは歌そのものが物語の結末に置かれており、哀歌の由来譚としての性格が最もはっきり出ている。
第三に、ヘーラクレースの音楽の師としての伝えがある。竪琴の稽古で叱責したところ、若い弟子が楽器で撲殺したというもので、古典期の陶画が繰り返し描いた場面である。
ほかに、カドモスからフェニキア文字を習ったとする伝え、オルペウスの兄あるいは師とする伝え、ムーサイオスの父または師とする伝えがある。詩と文字にまつわるあらゆる起源が、この名のもとに集められている。
図像と象徴
本ページの主画像は、前5世紀前半のアッティカ赤絵式キュリクス(ドゥーリス作、ミュンヘン国立古代美術博物館 AS2646)の外面で、若いヘーラクレースが師リノスを打ち殺す場面と、周りで慄く四人の稽古仲間を描く。同じ杯の内側には、寝椅子で歌う男とアウロスを吹く若者が描かれ、「(もう)できない」という銘が添えられている。音楽の稽古を主題とする器のなかに、稽古が殺人に終わる場面が置かれている構成である。
哀歌の詩人としての図像は知られていない。彼が絵になるのは、殺される場面だけであった。
系譜と関係
系譜は伝承ごとに異なる。テーバイ系ではアムピマロスとウーラニアー(またはカリオペー)の子、アルゴス系ではアポローンとプサマテーの子。オルペウスの兄弟とする説では母をカリオペーとし、テルプシコラーを母とする資料もある。母の座がムーサの九柱のあいだで入れ替わるのは、この人物に固有の系譜がもともと存在しなかったことの現れといえる。
文化的足跡
「リノスの歌」は、古代を通じて収穫の哀歌の名として用いられた。ヘーロドトスがこれをエジプトのマネロスの歌と同じものとみなしたことは、ギリシア人が自分たちの歌の型を外来と考えていた例として引かれる。
哀歌の囃子詞から人物が生まれるという経路は、神話学で「アイティオロジー(由来譚)」と呼ばれる働きの典型例として、しばしば教科書に取り上げられている。