イオカステー
イオカステ · エピカステー · エピカステ
テーバイ王ラーイオスの妻で、オイディプースの母。のちにそれと知らず息子の妻となり、真相の露見とともに自ら死んだ。
解説
概要
イオカステー(Ἰοκάστη / Iokastē)は、テーバイ王ラーイオスの妻で、オイディプースの母であり、のちにそれと知らずその妻となった女性である。クレオーンの姉にあたり、カドモスの播いた竜の歯から生まれたスパルトイのエキーオーンの血を引くテーバイの支配層に属する。
彼女は四人の子——エテオクレース、ポリュネイケース、アンティゴネー、イスメーネー——の母であると同時に祖母でもある。系譜が一人のうちで折り返すという、ギリシア神話でも例のない位置に立つ。
神話・物語
最も古い伝えはホメーロスにある。『オデュッセイア』第11巻は彼女をエピカステー(Ἐπικάστη)の名で呼び、冥界でオデュッセウスが見た女たちの一人に数える。そこでは、神々が真相を明らかにしたのち彼女は自ら首を吊ったが、オイディプースは苦しみを負いながらもテーバイを治め続けたとされる。失明も追放も語られない。名も筋も、のちの悲劇が伝えるものとは食い違っている。
ラーイオスは、子を作れば我が子に殺されるという神託を受けていた。酔って交わって生まれた子の踵を刺し、山へ捨てさせたのは夫である。彼女がどこまで承知していたかを、古典の資料はほとんど語らない。
ソポクレース『オイディプース王』での彼女は、探索の途中で誰よりも早く真相に気づく人物として造形されている。予言など当てにならないと言って夫を安心させようとする場面——ラーイオスは息子ではなく盗賊に殺されたのだから神託は外れた——が、かえって決定的な手がかりを与えてしまう。すべてを悟った彼女は探索をやめるよう懇願し、聞き入れられないと知ると館へ入り、寝室で首を吊った。オイディプースは彼女の衣の留め金で自らの目を突く。真実に最初に到達した者が、最初に舞台から消える。
エウリピデス『フェニキアの女たち』では筋が異なる。彼女は恥辱に耐えて生き続け、王位を争う息子たちのあいだに立って和解を説く。それが容れられず二人が相討ちになると、戦場で遺体の傍らに倒れ、自ら剣で命を絶った。母として最後まで働いたうえで死ぬという造形であり、ソポクレースの寡黙な退場とは対照的である。
なお、オイディプースの子の母をヒュペルパースの娘エウリュガネイアとする系譜もある。近親婚から子が生まれることを避けようとした整理とみられ、この場合の彼女は真相の露見とともに死に、子を残さない。
図像と象徴
古代の作例はほとんど知られていない。オイディプースの物語で繰り返し描かれたのはスピンクスとの対面であって、王妃の登場する場面ではなかった。悲劇の舞台で彼女が担う役割の大きさと、図像における不在との落差は際立っている。
本ページの主画像はアレクサンドル・カバネルの《イオカステーと別れるオイディプース》(1843年)で、古代の作例ではなく、19世紀のアカデミー絵画がこの主題をどう扱ったかを示す一例にあたる。近代の絵画がこの物語から選んだのは謎解きではなく、家族が壊れる場面であった。
系譜と関係
父メノイケウス、弟クレオーン、妹ヒッポノメー。最初の夫ラーイオスとの子がオイディプース。二度目の夫オイディプースとの子がエテオクレース、ポリュネイケース、アンティゴネー、イスメーネー。
妹ヒッポノメーはアルカイオスに嫁いでアムピトリュオーンを生んだ。アムピトリュオーンはヘーラクレースの養父であり、アルカイオスはペルセウスの子である。テーバイ王家はこの一点で、アルゴスの王統とヘーラクレース伝説の双方に接している。
文化的足跡
木星の衛星イオカステと小惑星(899)ヨーカステは彼女にちなむ。
近現代の翻案では、彼女を語りの中心に据える試みが続いてきた。ストラヴィンスキーのオペラ=オラトリオ『オイディプス王』(1927年)は彼女に独立したアリアを与え、コクトーの戯曲『地獄の機械』(1934年)は、出会いから破局までを彼女の側から辿り直している。悲劇の原作では言葉数の少ない人物が、近代では語る主体として扱われるようになった。