イスメーネー
イスメネ · イスメーネ · Ismene
オイディプースの娘でアンティゴネーの妹。兄の埋葬を拒んで生き残った。ただし最古の伝承では、テーバイ戦争の前にテューデウスに討たれている。
解説
概要
イスメーネー(Ἰσμήνη / Ismēnē)は、オイディプースとイオカステーの娘で、アンティゴネーの妹である。名はテーバイを流れるイスメーノス河に由来するとみられる。
悲劇における彼女は、姉に従わず生き残る者として造形される。禁令に背かず、姉を止め、そして姉が捕らえられてはじめて罪を分かち合おうとする。行動しない側の人物でありながら、ラーイオスの家系でただ一人、劇の終わりまで生きている。
神話・物語
ホメーロスに彼女の名はない。ところが、悲劇よりはるかに古い層に、まったく違う彼女がいる。前7世紀の詩人ミムネルモスによれば、彼女はペリクリュメノス(あるいはテオクリュメノス)と臥所をともにしているところを、アテーナーの指示を受けたテューデウスに討たれた。テーバイ攻めの最中の出来事であり、埋葬をめぐる物語より前に彼女は死んでいることになる。前6世紀初頭のコリントス式アンフォラがこの場面を描いており、図像の側でも古い伝承が裏づけられる。悲劇はこの筋をまったく採らなかった。
ソポクレース『アンティゴネー』での彼女は、兄ポリュネイケースの埋葬に加わることを断る。女には力がなく、国の掟に逆らえないと述べて姉を止め、聞き入れられずに引き下がる。姉が捕らえられると、彼女は自分も共に行ったと言い張って死を分かとうとするが、姉は「言葉だけで愛したことにするな」と拒み、彼女を退ける。クレオーンはいったん二人とも死刑としたが、のちに彼女を放免した。以後、彼女は舞台に現れない。
『コローノスのオイディプース』での造形は異なる。彼女は馬に乗って一人アテーナイまで来て、テーバイの内情と新しい神託を父に伝える。姉が父に付き添って放浪するあいだ、彼女はテーバイに残って情報を集めていたのだと語られる。行動しない人物ではなく、別の仕方で働く人物として描かれている。
アイスキュロス『テーバイ攻めの七将』の末尾にも姉とともに現れて嘆くが、この場面は後代の加筆とみる説が有力である。
図像と象徴
彼女を名指しできる古代の作例は、前6世紀初頭のコリントス式アンフォラ(ルーヴル美術館 E640)にほぼ限られる。テューデウスに討たれる場面を描くこの器は、既存のテューデウスの項に掲げている。本ページに主画像を置いていないのはこのためである。
悲劇の彼女は図像にならなかった。断る場面も、罪を分かとうとする場面も、動作として絵に定着しにくい。古代の図像が伝えるのは、悲劇が捨てた方の彼女だけである。
系譜と関係
父オイディプース、母イオカステー。兄にエテオクレースとポリュネイケース、姉アンティゴネー。子の母をヒュペルパースの娘エウリュガネイアとする系譜では、母が別人になる。
カドモスの家系のうち、劇の終わりまで生き残るのは彼女だけである。ただし子を残したという伝えはなく、ラブダコスの直系は彼女の代で途絶える。
文化的足跡
近代の受容では長く、姉の勇気を引き立てるための臆病者として扱われてきた。ヘーゲル以降の『アンティゴネー』論も、対立の軸をアンティゴネーとクレオーンのあいだに置き、彼女を副次的な位置に留めている。
二〇世紀後半以降、この評価は問い直された。生き延びること、日常を続けることを選ぶ人物として彼女を読む議論が現れ、ボニー・ホーニグ『中断されたアンティゴネー』のように、彼女を劇のもう一つの中心とみなす解釈も提出されている。英雄的でない選択をどう評価するかという問いが、この人物を通して論じられ続けている。