フマ
ホマー · ホマ · フモ
イランの伝承に現れる吉兆の鳥。地に降りることなく生涯を空高く飛びつづけ、その影が落ちた者は王位に就くと語られた。ペルシア語文学では手の届かない幸運の象徴として詠まれた。
解説
概要
フマ(ペルシア語 هما, Homā)は、イランの伝承に現れる吉兆の鳥である。ゾロアスター教の聖典アヴェスターに遡らせる説もあるが確証はなく、この名が定着するのはイスラーム期のペルシア語文学、とりわけディーワーン詩とスーフィー詩においてである。伝えは一様でないが、どの話も一点で揃う。この鳥は決して地に降りず、姿を見せぬまま生涯を空高く飛びつづける。脚をもたないとする伝えもある。
語られる姿
最もよく知られるのは、影が落ちた者に幸運をもたらすという性格である。ほんの一瞬でもその影が頭上を過ぎれば、その者は王位に就くと語られた。ムガル朝期のインドの説話でも同じ機能が繰りかえされ、王のターバンを飾る羽根はフマの羽根であると称された。
この鳥は捕らえられない。生け捕りにすることはできず、フマを殺した者は四十日のうちに死ぬという。スーフィーの伝えでは、捕らえることなど思いも及ばぬことであり、その影を一瞬見るだけで生涯の幸福が約束されるとされた。20世紀の神秘家イナーヤト・ハーンは、この話を、思考が一切の限界を破ったとき人は王に等しくなるという内面の事柄として読み替えている。
雌雄については、一身に雄と雌の両性を備え、それぞれが片方の翼と片方の脚をもつと伝えられる。数百年ごとに自ら火に入り、灰から再び生じるという不死鳥型の異伝も併せて伝わる。ただしこれらは後代の詩が積み重ねた属性であって、古い層に遡るものではない。
12世紀の詩人アッタールの寓意詩鳥の言葉では、フマは旅立ちを拒む鳥として現れる。旅に出れば、飛び越えた者に王権を授けるという自らの特権を手放すことになるからである。イランの文学ではこの王権授与の機能がイスラーム以前の君主と結びつけられ、アラブを指す隠喩としての鴉と対に置かれた。
図像と象徴
フマには、その名で同定できる古代の図像がない。地に降りず姿も見せぬ鳥は、そもそも描くべき対象をもたないからである。
現在この名で最もよく示されるのは、ペルセポリスに残る双獣頭の柱頭である。鉤形の嘴と巻いた角、櫛状の鬣をもつ二頭の獣が、背中合わせに前脚を折って坐す。現地ではこれを「ホマー」と呼び、大英博物館の図録もこの種の柱頭の写真に現地での呼称を注記している。ただしアケメネス朝当時の名ではなく、後世の伝承の名を古代の造形に当てたものである。本サイトが主画像に掲げるのもこの柱頭だが、フマを描いた古代の像ではない。
オスマン朝の詩では、フマはしばしば「極楽鳥」と呼ばれた。ヨーロッパに渡ったフウチョウ科の剥製は、交易の過程で脚を切り落とされていたため、初期の記載はこの鳥を脚も翼ももたぬものとして描き、生涯を空中で過ごすと考えた。フマの像と極楽鳥の誤解が、たがいを補強した格好である。
ペルシア語のホマーは、実在の猛禽ヒゲワシ(Gypaetus barbatus)を指す語でもある。イランとゾロアスター教の伝統では、屍肉を食う鳥は遺体を土と水に触れさせずに処理する益鳥であり、沈黙の塔の葬法もこの考えに立つ。天上から王権を授ける鳥と、地上で遺骸を清める鳥が、同じ名を負っている。
関わる伝承
フマはシームルグとしばしば混同される。シームルグがシャー・ナーメの物語のなかで育て癒す具体的な役を担うのに対し、フマは登場人物というより詩の比喩として働く。中世以降の建築装飾では区別が曖昧になり、ブハラのナディール・ディヴァンベギ・マドラサ(1622年)の門を飾る鳥は、フマともシームルグとも呼ばれる。
雌雄を一身に備える点は中国の鳳凰と、自ら燃えて甦る点はフェニックスと重なる。ただし伝播の証拠があるわけではなく、「吉兆の霊鳥」という型が各地で反復した結果とみるべきものである。『ザミヤード・ヤシュト』(ヤシュト第19)は、王ジャムシード(アヴェスターのイマ)が虚偽を口にしたとき、神授の光輝フワルナフが三度にわたって鳥の姿で飛び去ったと伝える。王権が鳥の形で去来するという発想そのものは、イランの伝承に古く根をもつ。
文化的足跡
ペルシア語のホマーユーン(همایون)は「吉兆の」「王者の」を意味し、この鳥の名に由来するとされる。オスマン朝では皇帝に関わる語として用いられ、御前会議はディーワーヌ・ヒュマーユーンと呼ばれた。ムガル朝第二代皇帝の名フマーユーンも同じ語であり、ロシアの書物に現れる楽園の鳥ガマユンの名も、この語が訛ったものとされる。
近代以降、フマは国家と企業の意匠に転用された。イラン航空はペルシア語の旧社名の頭字語ホマー(HOMA)を通称とし、1961年の公募で選ばれた、ペルセポリスの柱頭に基づく鳥を社章としている。ウズベキスタンの国章と、その自治共和国カラカルパクスタンの紋章にも、翼を広げたフモが据えられている。