フラワシ
フラワルティ · フラワルド · フラワフル
ゾロアスター教が説く霊的存在。人ひとりひとりに属し、魂を現世へ送り出して善悪の戦いに加わらせ、死後はこれを迎え入れる。年の終わりには祖霊として家々へ還ると伝えられる。
解説
概要
フラワシ(アヴェスター語 frauuaṣ̌i)は、ゾロアスター教が説く霊的存在である。中期ペルシア語ではフラワルド、フラワフルなどと呼ばれた。個々の人間に一つずつ属し、死んだ者・生きている者・まだ生まれぬ者を問わず、それぞれがこれをもつとされる。人の魂ウルワンを物質の世界へ送り出し、善と悪の戦いに加わらせるのがフラワシであり、死後四日目の朝、魂はフラワシのもとへ帰って、地上で得たものを次の世代のためにそこへ納める。
語源に定説はない。「選ぶ」を意味する var- に遡らせて「選ばれた者」と読む解が広く行われるが、「覆う」から「守る力」、「孕む」から「誕生を促す霊」と読む説もあり、10世紀の『ザードスプラムの書簡』は「成長し出る」の意と説明する。
経典のなかのフラワシ
フラワシは、ザラスシュトラ自身に帰される『ガーサー』には現れない。最初の言及は古アヴェスター語の『ヤスナ・ハプタンハーイティ』で、義(アシャ)に従う者たちのフラワシへの呼びかけがみえる。『ヤスナ』57章では、太陽・月・星の運行を保ち、水と植物を養い、胎内の子を守る働きがこれに帰されている。
主たる典拠は、フラワシに捧げられた讃歌『フラワルディーン・ヤシュト』(ヤシュト第13)である。158節からなり、アヴェスターに残るヤシュトのなかで最も長い。冒頭でアフラ・マズダー自身が、幾万ものフラワシの助けなくしては物質の世界を創ることも、家畜と人をアンラ・マンユから守ることもできなかったと語る。創造の力を創造主以外に分けるこの一節は正統の教義から外れており、他の文献に支えをもたない。
同じ讃歌は、九万九千九百九十九のフラワシが湖に沈むザラスシュトラの種子を守り、終末に目覚めるべき英雄クルサースパの遺体を守るとも述べる。戦場で呼ばわれる武勇の霊としての顔と、死者に寄り添う霊としての顔が、一つの讃歌のなかに並んでいる。マリー・ボイスは、この不揃いを、ゾロアスター教以前のイランにあった祖霊崇拝・英雄崇拝の残響と説明した。
祭祀と暦
ゾロアスター教の暦では、フラワシは各月の第19日と年の第1月を司り、いずれもその名で呼ばれる。月名と日名が重なる日がフラワシの祭日であり、前年に近親を亡くした者がとくに重んじる。
年の終わりの数日はハマスパスマエーダヤと呼ばれ、フラワシがかつての家へ還るとされた。家々では火を焚いてこれを迎え、供物を献じる。『フラワルディーン・ヤシュト』は、迎え祀る家には家族・村・部族・国土の繁栄と、その年の雨が与えられると説く。この期間を指す中期ペルシア語フラワルディーガーンは、新ペルシア語の暦の第1月ファルワルディーンに名を残している。
図像と象徴
アヴェスターにフラワシの姿を述べた箇所はない。それにもかかわらず、ゾロアスター教で最もよく知られる図像であるファラヴァハル——円環に上半身の人物を載せ、左右に大きく翼を広げた形——は、通例フラワシを表すと説明される。ファラヴァハルという名自体が中期ペルシア語フラワフルに由来する。
だがこの同定は近代のものである。図像そのものは古代オリエントの有翼日輪に遡り、新アッシリアの浮彫を経てアケメネス朝に入った。ペルセポリスの宮殿群やダレイオス1世の王墓に繰りかえし刻まれている。何を表すかについては20世紀以来学説が割れており、フラワシとする説のほか、アフラ・マズダーとする説、王に伴う神授の光輝フワルナフとする説がある。I. J. S. タラポレワーラーは有翼の人物をアフラ・マズダーとみる理解を退けて光輝の表現と解し、A. Sh. シャフバーズィーとマリー・ボイスもこれを支持した。アヴェスター語の文法でフラワシが明らかに女性名詞であるのに対し、図像の人物が男性として造形されている点も指摘されている。本サイトはペルセポリスのこの浮彫を主画像に掲げるが、以上を踏まえたうえでの措置である。
位置づけと関係
フラワシはヤザタの階梯のなかで、アムシャ・スプンタの一柱ハルワタート(完全性、中期ペルシア語ホルダード)に属するとされる。ハルワタートの領分は水であり、フラワシが水と雨に関わるとされることと対応している。
魂ウルワンとの区別は教義の要点でありながら、経典のなかですら一貫しない。両者を人の非物質的側面の別々の部分として並べて祀る箇所がある一方、『ヤスナ』16章7節のように重ねて呼ぶ箇所もある。中期ペルシア語の『デーンカルド』などは、物質界(ゲーティーグ)と霊界(メーノーグ)の対比のもとでこの区別を論じ直している。
『ブンダヒシュン』には、フラワシが自ら選ぶ場面がある。アフラ・マズダーは、天上に留まって安全でいるか、人として生まれ、苦しみながら悪の打倒に加わるかを示す。フラワシは後者を選ぶ。守護霊であることを、あらかじめ引き受けられた務めとして語る挿話である。
比較神話学では、死者の霊としてはローマのマーネスやインドのピトリに、戦う霊としては北欧のワルキューレやヴェーダのマルト神群になぞらえられてきた。ただしこれは機能の類似であって、系統を示すものではない。
文化的足跡
ファラヴァハルの図像は、20世紀のイランで宗教を離れた民族の標章となった。パフラヴィー朝がイスラーム以前のイラン的な自己像を掲げる政策のなかで用い、1979年の革命後も公共空間から取り除かれないまま、国内外のイラン人のあいだで広く使われている。
日本では、盂蘭盆の語源をめぐる議論にフラワシの名が現れる。「盂蘭盆」をサンスクリットのウッランバナ(倒懸)の音写とする通説に対し、岩本裕は、アヴェスター語で霊魂を意味するウルワンに由来するとみる説を提出した。古代イランで年の終わりに祖霊フラワシを迎えた行事が、ソグド人を介して中国に伝わったとする立場である。2013年には辛嶋静志が、「盂蘭」を飯を意味するオーダナの口語形とみる別案を示している。いずれも定説には至っていない。