ブリグ
ブリグ · バールガヴァ · ブリグ・マハルシ
七聖仙の一人でブラフマーの意より生まれた子。三神の優劣を判じるためヴィシュヌの胸を蹴った。予兆占星術の祖とされ『ブリグ・サンヒター』の著者とされる。
解説
概要
ブリグ(サンスクリット Bhṛgu)は、ヒンドゥー教のリシ(聖仙)である。七聖仙(サプタルシ)の一人であり、ブラフマーが創った多くのプラジャーパティ(創造の助成者)の一人でもある。
予兆占星術を最初に編んだ者とされ、占星術の古典『ブリグ・サンヒター』の著者とされる。ブラフマーの意より生まれた子(マーナサプトラ)に数えられる。
名の形容詞形バールガヴァは、この聖仙の子孫と学統を指す語として用いられる。
神話・物語
『マヌ法典』によれば、ブリグは人類最初の人マヌの同輩にして同行者であった。マヌとともに『マヌ法典』の成立に大きく寄与したとされる。同書は、大洪水ののちブラフマーヴァルタの地で聖者たちの集会に向けて説かれた説法から成るという。『スカンダ・プラーナ』によれば、ブリグは子チヤヴァナをドーシー丘に残し、グジャラートのナルマダー川のほとりブリグカッチャ——今日のバルーチ——へ移った。
最もよく語られるのが、三神を試す話である。『バーガヴァタ・プラーナ』は次のように伝える。
サラスヴァティー川のほとりに聖者たちが集まり、大祭祀を行おうとした。三神一体(トリムールティ)——ブラフマー、ヴィシュヌ、シヴァ——のうち誰が最も優れ、祭祀を受けるべきかを決めかねた一同は、ブリグにその判定を委ねる。
ブリグはまずブラフマローカのブラフマーを訪ねたが、気づかれなかった。次にカイラーサのシヴァを訪ねたが、やはり無視される。ついにヴァイクンタに至り、瞑想するヴィシュヌの胸を蹴った。ヴィシュヌは怒らず、静かに詫びて聖仙の脚を揉んだという。これによってブリグは、ヴィシュヌこそ最も優れると判じた。
この挿話はヴェンカテーシュワラの出現譚の発端でもある。胸を蹴られたことに怒ったラクシュミーがヴァイクンタを去り、その後を追ってヴィシュヌが地上へ降りることになる。
『シヴァ・プラーナ』と『ヴァーユ・プラーナ』では、舅ダクシャの大祭祀の場に居合わせる。シヴァへの供物を欠いたまま祭祀を続ければ災いを招くと警告されながら、彼は続行を支持した。
図像と象徴
本サイトが掲げるのは、『ブリグ・ストートラム』所収の図である。
固有の持物は伝わらない。この聖仙を規定するのは、判定するという行為である。神々の優劣を人が決めるという構図そのものが、インドの聖仙の位置を示している。苦行によって得た力は、神をも試しうる。
『バガヴァッド・ギーター』において、クリシュナは「聖仙のうちではブリグが神の富の代表である」と語る。
系譜と関係
父はブラフマー(意より生まれた子として)、あるいはヴァルナ。『タイッティリーヤ・ウパニシャッド』には、父ヴァルニとブラフマンについて問答する場面がある。
妻はカルダマの九人の娘の一人キヤーティ。バールガヴィーとしてのラクシュミーの母であり、ダータとヴィダータの二子もいる。カーヴィヤマーターとのあいだの子が、アスラの師シュクラである。プローマーとのあいだの子が聖仙チヤヴァナ、そして民間の英雄ムリカンダとされる。子孫に聖仙ジャマダグニがおり、その子がパラシュラーマ——ヴィシュヌの化身に数えられる——である。
文化的足跡
『ブリグ・サンヒター』は、今日もインドの占星術において権威ある文献とされる。個人の運命があらかじめ記されているとする「ブリグ・ナーディー」の実践は、現在も行われている。
日本語圏では、この聖仙はもっぱらヴィシュヌの胸を蹴った者として言及される。しかしその一蹴が、ラクシュミーの離去、ヴィシュヌの地上への降下、そしてティルパティの信仰へと連なっていく。南インド最大の巡礼地の起源が、聖仙の無礼な行為に置かれていることになる。