ヴェンカテーシュワラ
ヴェンカテシュワラ · バーラージー · シュリーニヴァーサ
ティルマラ・ヴェンカテーシュワラ寺院の主神で、ヴィシュヌの一形態。婚礼のために負った借財を返し続けているとされ、参拝者の寄進はその返済を助けるものと語られる。
解説
概要
ヴェンカテーシュワラ(テルグ語 వేంకటేశ్వరుడు、サンスクリット वेङ्कटेश्वरः)は、ヒンドゥー教の神格で、ヴィシュヌの一形態とされる。ヴェンカタチャラパティ、シュリーニヴァーサ、ゴーヴィンダなど多くの名で呼ばれる。
アーンドラ・プラデーシュ州ティルパティのティルマラ・ヴェンカテーシュワラ寺院の主神である。この寺院は世界で最も多くの参拝者を集める宗教施設の一つであり、この神への信仰は今日きわめて盛んである。
妃はパドマーヴァティーとブーデーヴィーで、いずれもラクシュミーの化身とされる。
神話・物語
名は「ヴェンカタの主」を意味する。ヴェンカタはアーンドラ・プラデーシュ州の丘の名で、タミルのサンガム文学(前300年頃)にすでに見える。5世紀から10世紀にかけて成立したとされる『ブラフマーンダ・プラーナ』『バヴィシュヨーッタラ・プラーナ』は、この語を「罪を滅ぼすもの」と解し、タミル語のヴェム(罪)とカタ(免れる力)に由来するとする。
出現をめぐる伝えは、参拝者が多額の布施を捧げるという習わしの由来を説く。
聖仙ナーラダが、リシたちの祭祀の恩恵を誰に帰すべきか決めかね、聖仙ブリグに三神を訪ねさせた。ブリグはブラフマローカのブラフマーを、カイラーサのシヴァを訪ねたが、いずれにも気づかれなかった。ついにヴァイクンタに至り、瞑想中のヴィシュヌに会う。三度目の無視に怒ったブリグは、ヴィシュヌの胸——ラクシュミーの座——を蹴った。ラクシュミーの怒りを買ったが、ヴィシュヌは静かに詫び、聖仙の脚を揉んだ。その際、ブリグの足の裏にあった余分な眼を潰し、聖仙の慢心を砕いたという。
ラクシュミーはヴァイクンタを去り、コールハープルに至った。ヴィシュヌは十二年の苦行を行い、そののち彼女はアーカーシャ王の娘パドマーヴァティーとして生まれる。
ラクシュミーが去ったのち、ヴィシュヌはヴェンカタ丘へ行き、タマリンドの木の下、プシュカリニ(池)のほとりの蟻塚に坐して妻の名を唱え続けた。やがてヴァクラー・デーヴィーの子シュリーニヴァーサとして現れる。ヴァクラー・デーヴィーは、クリシュナの養母ヤショーダーの生まれ変わりであった。クリシュナとルクミニーの婚礼に立ち会えなかったことを嘆く彼女に、神は自分がその子として生まれ直すと約束していたのである。
のちシュリーニヴァーサは、狩りの途中で追った象に導かれて王庭に入り、花を摘むパドマーヴァティーと出会って恋に落ちる。婚礼のために巨額の借財を負い、その返済が今日まで続いている——参拝者が寄進を捧げるのは、その借財の返済を助けるためだと語られる。
図像と象徴
本サイトが掲げるのは、ティルマラ寺院の本殿を覆う黄金の屋蓋アーナンダ・ニラヤムの写真である。
本尊そのものの写真を掲げないのには理由がある。ティルマラの本尊は撮影が厳格に禁じられており、公認の画像が存在しない。参拝者が目にするのは、装身具と花で荘厳された姿である。信仰の現場の規律を尊重し、本サイトは本殿の外観を掲げるにとどめた。
伝えられる姿は、四臂に法螺貝とチャクラを持ち、右手を垂れて「膝までの深さ」を示す。この身振りは、輪廻の海がこの神に帰依する者にとっては膝までの深さに過ぎない、という意味に解される。額には濃いナーマム(ヴィシュヌ派の額標)が引かれ、両眼をほぼ覆う。
系譜と関係
ヴィシュヌの一形態であり、その化身のクリシュナとも重ねられる。妃はパドマーヴァティーとブーデーヴィー。
同じくヴィシュヌの地方的な形態としては、マハーラーシュトラのヴィトーバ、プリーのジャガンナートがいる。いずれも汎インド的な神話体系のなかに位置づけられつつ、それぞれの土地の言語と詩と巡礼の伝統を持つ。地方の信仰が大伝統に接続される仕方を考えるうえで、この一群は重要である。
文化的足跡
ティルマラは、世界で最も多くの寄進を集める宗教施設として知られる。頭髪を剃って捧げる献髪、待機列を伴う参拝の制度、そして寺院が運営する大規模な社会事業——いずれも現代のヒンドゥー教の実態を示す。
日本語圏でこの神が紹介されることはほとんどない。ヴィシュヌの十化身は広く知られる一方、南インドにおける具体的な信仰の姿はあまり伝えられてこなかった。年間数千万人が訪れる聖地の主神が、日本語で読める形になっていないというのが現状である。