ブータ
ブート · ブータナ · 富単那
尋常でない死に方をし、供養を受けられずにさまよう死霊。仏教では富単那と音訳され、広目天の眷属にも数えられてきた霊。
解説
概要
ブータ(Bhūta / भूत)は、インドに伝わる死霊の一種である。ヒンディー語ではブート、南インドではブータと呼ばれ、ブータナの名でも伝わる。事故死や自殺、刑死など、尋常でない死に方をした者が、しかるべき供養を受けられずにさまよう姿とされる。仏教に受容されて富単那(ふたんな)と音訳され、広目天の眷属、また『仁王経』の八部衆の一つに数えられた。
神話・物語
インドの死者観においては、死んだ者はまずプレータと呼ばれる浮遊する状態に置かれる。死後十一日目に跡取りの子が定められた供養を営むことで、はじめて家を守る祖霊ピトリとなることができる。この過程が果たされなかった場合、死者はプレータのまま留まり、やがてブータとなると説かれる。
ブータとなった者は墓地に住み、排泄物や腸を食らい、ときに人を欺いてその肉を食うとされる。傲慢で人の言葉に耳を貸さず、襲われた者は重い病に倒れるか、命を落とす。もっとも、人に化けて旅人の邪魔をする程度の、比較的害の少ないものもあると伝えられる。
食人鬼ピシャーチャ、浮遊霊プレータ、夜叉といった諸霊とともに語られることが多く、この三者が合わさって仏教の餓鬼の観念を形づくったとされる。死の作法が守られなかったことが霊を生むという構図は、供養の制度そのものの必要を説く役割を担っている。
図像と象徴
固有の像容は定まっていない。地面に足がつかない、影がない、逆さまの足をもつ、といった特徴で見分けられるとする伝えが各地にある。牛乳や白い花を嫌う、ターメリックを恐れるといった除け方も語られる。象徴となるのは、果たされなかった供養そのものである。
系譜と関係
特定の系譜をもたず、死者が転じたものとされる。プレータ、ピシャーチャ、ラークシャサ、ヴェーターラといった諸霊とは近縁の関係に置かれ、区分は文献によって揺れる。ヴェーターラが死体を操る霊であるのに対し、ブータはさまよう死者そのものである点で異なる。
文化的足跡
南インドのカルナータカ州沿岸部(トゥル語圏)には、ブータ・コーラと呼ばれる憑依儀礼が今日も営まれる。祖霊や土地の霊を招いて舞い、共同体の争いを裁くもので、供養されざる霊という否定的な観念とは異なり、守護者として遇される。同じ語が地域によって異なる価値を帯びている例である。
仏教を介して東アジアへ伝わり、富単那として経典に名を残した。日本語の「餓鬼」に含まれる観念の一部は、この系統の霊に由来する。近現代のインドでは怪談や映画の主題として広く用いられ、ボリウッドのホラー作品にも繰り返し登場する。