ヴェーターラ
ヴェータラ · ベータル · 毘陀羅
死体に取り憑いてこれを操るとされるインドの鬼神。王ヴィクラマーディティヤに二十五の問いを投げかける語り手でもある存在。
解説
概要
ヴェーターラ(Vetāla / वेताल)は、インドの諸文献に伝わる鬼神の一種である。死体に取り憑いてこれを操るとされ、火葬場や墓地を住処とする。仏教では四夜叉神の一に数えられ、毘陀羅、起屍鬼、屍鬼と訳された。物語文学においては、王ヴィクラマーディティヤに二十五の問いを投げかける語り手として、インド説話文学の代表的な枠組みを担う。
神話・物語
死そのものではなく、死と生のあいだに留まる存在として説明される。死者の霊が解脱にも転生にも至らぬまま宙づりになり、屍を器として動かすとされる。過去も未来も見通し、人の心を読むともいわれる。憑かれた死体は腐らず、また憑かれることによって死体は動き出す。夜の墓地を住処とし、逆さまに木からぶら下がるとする描写が知られる。
説話集『ヴェーターラ・パンチャヴィンシャティカー』(屍鬼二十五話)は、この存在を主役とする。行者に頼まれた王ヴィクラマーディティヤ(トリヴィクラマセーナ)が、火葬場の木にぶら下がる屍鬼を担いで運ぼうとすると、屍鬼は道々で物語を語り、最後に難問を投げかける。答えを知りながら黙すれば王の頭は砕けるという条件が付されているため、王は答えざるをえない。だが口を開けば屍鬼は木へ舞い戻ってしまう。これが二十四度繰り返された。二十五話目、王が答えられずに黙したとき、屍鬼はようやく担がれることを承知し、そのうえで行者が王を生贄にする企みを明かして、逆に行者を討たせたと語られる。
答えれば失い、黙れば死ぬという構造のなかで物語が積み重なる。枠物語の形式としてきわめて洗練されており、11世紀のソーマデーヴァ『カターサリットサーガラ』(説話の大海)にもこの一群が収められている。
図像と象徴
固有の像容は定まっていない。図像に現れるとすれば、王に担がれる屍の姿である。象徴となるのは、木から逆さにぶら下がるという姿勢である。地に足のつかぬ状態そのものが、生と死のいずれにも属さぬこの存在の位置を表している。
系譜と関係
特定の系譜をもたず、死者に取り憑くものとされる。ブータ、プレータ、ピシャーチャといった諸霊と近縁に置かれるが、ブータがさまよう死者そのものであるのに対し、こちらは死体を器として用いる点で区別される。シヴァの眷属とされることもあり、火葬場を場とする点でバイラヴァの周辺に置かれる場合もある。
文化的足跡
『屍鬼二十五話』はインド説話文学の代表的な枠物語として、諸言語に翻案されて広まった。19世紀にリチャード・バートンが『ヴィクラムと吸血鬼』の題で英訳したことにより、西欧では吸血鬼の一種として紹介された。もっとも血を吸う性質は原典に希薄であり、この訳題は当時の西欧における受容の枠組みを反映したものである。
インドでは「ヴィクラム・オール・ベータル」の名で親しまれ、テレビドラマや絵物語の定番となっている。日本でも『屍鬼二十五話』の題で紹介され、説話集の翻訳がある。