プレータ
餓鬼 · 薜茘多 · 浮遊霊
死者が祖霊となる前に置かれる浮遊した状態、およびその状態にある死者。仏教では餓鬼と訳され、六道の一つを構成している。
解説
概要
プレータ(Preta / प्रेत)は、死んだ者が祖霊となる前に置かれる浮遊した状態、およびその状態にある死者を指す。語は「去った者」を意味する。ヒンドゥーの死者観では、しかるべき供養を経ることで祖霊ピトリへ移行するはずの一時的な段階だが、その供養が果たされなければ留まり続け、ブータやピシャーチャといった害をなす霊へ転じるとされる。仏教に受容されて餓鬼と訳され、六道の一つ餓鬼道を構成する存在となった。
神話・物語
『ガルダ・プラーナ』などの文献は、死後の過程を段階として説く。息を引き取った者はまずプレータとなり、親指ほどの微細な身体をもって漂う。子孫の営む十日から十二日の葬送儀礼(シュラーッダ)によって新たな身体が形づくられ、十一日目あるいは十三日目に、はじめて祖霊ピトリの列に加わることができる。
この過程が滞る場合が問題となる。跡取りの子がない、非業の死を遂げた、遺体が見つからない——こうした事情で儀礼が営まれなければ、死者はプレータのまま留まる。飢えと渇きに苦しみ、供物を求めて生者のもとをさまよう。供養は死者のための慈悲であると同時に、生者の側が害を避けるための手立てでもあった。
仏教はこの語を輪廻の一形態として体系に組み込んだ。餓鬼道に生まれた者は常に飢えと渇きに苛まれ、食物も飲物も手に取れば火に変わってしまうため、決して満たされることがない。『阿毘達磨順正理論』は無財・少財・多財の三種に分け、『正法念処経』はさらに細かく、鑊身、針口、食吐、食糞といった名で区分する。針の穴ほどの口と山のように膨れた腹という描写は、この系統から生まれた。
図像と象徴
インドにおける固有の像容は伝わっていない。東アジアの仏教美術では、細い首と膨れた腹をもつ痩せた姿で描かれ、日本の『餓鬼草紙』(12世紀)はその代表的な作例である。象徴となるのは飢えそのもので、与えられても受け取れないという状態が造形されている。
系譜と関係
特定の系譜をもたず、死者が置かれる状態を指す。供養されればピトリへ、されなければブータやピシャーチャへ——分岐点に立つ存在である。仏教では閻魔王の治める世界を本住所とし、その支配下に置かれる。
文化的足跡
祖霊供養の月とされるピトリ・パクシャ(先祖の半月)には、インド各地で水と食物が捧げられる。ガヤーをはじめとする聖地では、プレータの状態にある死者をピトリへ送るための儀礼が今日も営まれている。
東アジアでは施餓鬼の法会として定着した。日本の盂蘭盆会はこの系統に連なり、餓鬼道に落ちた母を救うために目連が僧たちへ供養を捧げたという『盂蘭盆経』の説話を由来とする。死者が飢えており、生者の供養によってのみ救われるという構図は、インドから東アジアまで一貫している。