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アルティオ
PLATE — ARTIO
CELTAE · ケルト神話
ARTIO

アルティオ

アルティオー · Dea Artio · Artioni

Sandstein / Bernisches Historisches Museum CC BY 3.0

ガリアの熊の女神。名はガリア語でそのまま「熊」を意味する。ベルン近郊ムーリ出土の青銅像群に熊と向かい合う姿で表されるが、名を伝える碑文は二点しかない。

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解説

概要

アルティオ(Artio)は、ガリアで祀られた熊の女神である。名はガリア語の arto-「熊」に由来し、語としては「熊」以上の意味を持たない。祀った民として確かめられるのは、現在のスイス高原に住んだヘルウェティイ族と、モーゼル川流域のトレウェリ族の二つである。

碑文に現れる形は与格の Artioni であり、カリン・シュテューバーによれば、本来のガリア語の語幹は artiion-、主格は artiiū で、Artioni はそれをラテン語の変化に合わせた形である。arto- は印欧祖語の熊を指す語 *h₂ŕ̥tḱos を継ぐもので、ラテン語 ursus、ギリシア語 arktos と同じ根に遡る。古アイルランド語 art、中期ウェールズ語 arth も同源である。

ただし語義には注意がいる。古アイルランド語の art はすでに動物を指さず、比喩として「戦士」を意味した。ガリア語の人名に頻出する arto- についても同じ用法を排除できない、とベルンハルト・マイアーは指摘する。ミランダ・オルドハウス=グリーンは、名が動物そのものである以上、この女神と熊はほとんど一体であり、馬の名を負うエポナと同型だとみる。

神話・物語

物語は伝わっていない。大陸のケルトは神話を文字に残さず、この女神について知られるのは奉献碑文二点と、そのうち一点に伴う青銅像だけである。

一点目はムーリの像群の台座に刻まれた DEAE ARTIONI / LICINIA SABINILLA、すなわち「女神アルティオに、リキニア・サビニッラが」である。奉献者はローマ風の名を持つ女性で、その名はイタリア起源だがガリアでも広く用いられた。ローマ名の女性が、ケルト名の女神に捧げたことになる。

二点目はトレウェリ族の領内、エルンツェン近郊の渓谷の岩壁に刻まれた ARTIONI BIBER である。ビベルは奉献者の名とみられる。シュテューバーは、ベルン近郊でケルト語名の女神が祀られていた事実に、ローマによる植民以前からこの地にケルト語話者がいた証拠を読む。

性格の解釈は、名と像からの推測にとどまる。ヤン・デ・フリースは熊との結びつきを他の語源説より重くみて、狩人が熊の守護者として加護を求めたと考えた。オルドハウス=グリーンはより両義的に読み、熊を守ると同時に、森で熊に出くわす狩人や旅人をも守る、人と野獣のあいだの仲介者とみる。狩りの成功と獣の存続の双方を保証する神格という理解である。いずれも伝承の裏づけを持たない解釈であることは踏まえておきたい。

図像と象徴

ムーリの青銅像群は、1832年5月、ベルン近郊ムーリの牧師館が庭を造るために掘った土から出た。六体の小像——ユーピテルユーノーミネルウァ、地方の女神ナリア、アルティオ、そして家の守護霊ラール——が、日用の品とともに埋もれていた。ナリア像の台座に刻まれた regio Arurensis(アーレ川流域の祭祀区)の名から、大農場に属する神殿の祭祀像が、何らかの危険を避けるために箱に納められて運び出されたものと考えられている。ローマの神々と、ローマ化した地方のケルト女神が同じ聖所に並んでいたことになる。ラールを除く五体は同じ工房の作で、2世紀後半、西スイスで鋳造されたとみられる。

アルティオの部分は、体長21センチの雌熊、様式化されて樹種の定めがたい青銅の樹、坐す女性像、果実と穀物を盛った高い籠、そして碑文を負う台座からなる。熊は張りつめた筋肉と開いた口で緊張を示し、毛並みは丹念な刻線で表される。

ここで重要なのは、発見時にこれらの要素がばらばらだったことである。現在の配置は復元であって、出土状態ではない。19世紀には女性像だけを台座の中央に正面向きで据えて展示していた。1860年に像を検分したJ・J・バッハオーフェンが熊を雌と見抜き、1863年の『古代宗教における熊』で、ケルト名アルティオとギリシア語 arktos の関連、および熊こそがこの女神の動物形であるとの説を立てた。1899年、ポール・ヴィオネが台座に残るろう付けの痕を見出し、二段階の配置が復元された。初めは熊が台座の左に単独で立ち、右端の樹と向かい合っていた。のちに樹が熊の背後へ移され、空いた場所に女性像と籠、そして現在は失われた玉座が加えられた。

女性像そのものにも問題がある。袖のある衣、左肩に掛かる重い外衣、結い上げた髪の冠帯、膝に載る果実の環、右手のパテラ——熊の女神を示す持物は一つもない。籠と柱が果実の環と皿を隠しており、もとは植生か農耕の女神の単独像として作られ、のちに熊と組み合わせてアルティオに転用されたと考えられている。台座の碑文が刻まれたのもこの段階だろう。熊だけを据えた像に「女神アルティオ」と銘打つとは考えにくいからである。

したがって「人間形と動物形の両方で表された唯一のガロ=ローマ神格」という評価は、正確には後代の組み合わせの産物である。古代の信者がこの女神に固有の姿を与えたのは、おそらく熊のほうだけであった。

系譜と関係

親も配偶者も子も伝わらない。ローマの神との同一視も碑文には現れない。同じくケルトの狩りに関わる女神でも、アブノバはバーデンヴァイラーの祭壇に DIANAE ABNOBAE と刻まれてディアナと明示的に重ねられ、アルデュイナもディアナと結びつけられる。アルティオにはその種の碑文がない。ドイツ語圏の概説にはアルティオ=ディアナと記すものがあるが、根拠となる碑文は存在しない。

熊の名を負う神格は他にもある。ウォコンティイ族のアンダルタは、強意の接頭辞 and- に arto- を添えた「大いなる雌熊」と長く解されてきたが、この語源自体に近年は異論がある。イゼール県ボークロワッサンではメルクリウス・アルタイオス(Artaios)が知られ、ブリタンニア北部の神名マトゥヌスは別系統のケルト語の「熊」(アイルランド語 math)に遡る可能性が指摘されるが、確かではない。

性格の上で最も近いのはアルドゥインナである。猪に乗る狩人として表され、自らの獣と、その獣を狩る者の双方を庇護する。言語学者ヴィットーレ・ピザーニは、アッリアノス『狩猟術』に現れるケルト風のアルテミスの背後にこの女神を見る可能性を論じたが、推測の域を出ていない。

文化的足跡

1905年以降、ルドルフ・ミュンガーの描いたアルティオと熊の図が、ベルン歴史協会の機関誌『Blätter für bernische Geschichte』の表紙に掲げられた。これによって、この女神は「ベルンの熊の女神」として広く知られるようになる。ベルンの紋章が熊であることと重なったためだが、古代の女神と近世以降の市の紋章を結ぶ史料はない。近代の受容が古代の像に与えた輪郭の一例である。像群は現在もベルン歴史博物館の中心的な所蔵品であり、ローマ期スイスの青銅細工として最もよく知られている。

熊の女神という主題は現代の創作にも取り込まれ、コンピュータゲームの登場人物としてこの名が用いられている。

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領分・別名

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資料

Wikidata
Q713105 — 骨格データの出典
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