アルデュイナ
アルドゥインナ · アルドゥイナ · Arduinna
アルデンヌの森と地方を体現するガリアの女神。ローマではディアナと重ねられた。猪にまたがる青銅像で知られるが、その同定は19世紀の推測に基づく。
解説
概要
アルデュイナ(Arduinna)は、アルデンヌの森とその地方を守護する女神である。名はガリア語 arduo-「高い」に遡り、ラテン語の ardua(険しい)と同系である。森そのものを指す Arduenna silva という地名がこの語から作られており、女神と土地は同じ名を共有している。
同じ語形は複数の場所に現れる。イングランドのアーデンの森、オート=ロワール県やピュイ=ド=ドーム県の森、トレウェリ族の貨幣にみえる人名アルダ、小アジアのガラティアの人名アルデーなどである。なお -nn- の重子音がケルト語らしくないことから、ベルガエの言語、あるいはゲルマン語に近い北西ブロックの語彙に由来するとの説も出されている。
神話・物語
物語は伝わらない。この女神の名を直接伝える碑文は二点しか知られていない。
一点はドイツのデューレンから出た祭壇で、deae Ardbinnae(女神アルドビンナに)と刻む。もう一点はローマで見つかった浮彫の銘 Arduinne であるが、この箇所は Saturno とも読まれており、確実ではない。分布としては現在のベルギー、ルクセンブルク、フランス北東部にまたがるアルデンヌ地方が信仰の中心であったとみられる。ローマではディアナと同一視された。
しばしばこの女神の信仰の記録として引かれるのが、トゥールのグレゴリウスが伝える挿話である。585年、修道士ウルフィライクス(ワルフロワ)がアルデンヌのヴィレール=ドゥヴァン=オルヴァル一帯で説教し、住民にディアナ崇拝を捨てさせようとした。マルギュ近くの丘には大きな石像が立ち、人々は飲食しながら讃歌を歌ったという。ウルフィライクスは苦労のすえ像を引き倒し、槌で砕いた。ただしグレゴリウスが記すのはあくまで「ディアナ」であって、アルデュイナの名ではない。6世紀の記述をこの女神に直結させるには一段の飛躍がある。
図像と象徴
この女神の姿として最もよく複製されるのは、短い帯締めの上衣をまとい、猪に横乗りして短刀を手にする青銅の小像である。サン=ジェルマン=アン=レーの国立考古学博物館が所蔵する。しかしシモーヌ・デイツが指摘するとおり、この像には銘文がない。アルデュイナという名は、19世紀にこれを見出した好古家が与えたものであって、古代の同定ではない。おそらく猪がアルデンヌ地方の近代の象徴であったことが判断を導いた。同種の青銅像がリチャード・ペイン・ナイトの収集品として1824年から大英博物館にあり、そちらは伝統的に「ディアナ」と呼ばれてきた。二体とも頭部を失っている。
ミランダ・グリーンは『ケルトの神々』で猪に乗る像をこの女神の表現として扱っており、この読みは広く踏襲されている。だが根拠は像の主題とアルデンヌという土地の連想であり、碑文による裏づけは存在しない。したがって「猪に乗る狩人の女神」という像は、確実な図像というより、近代の学問が作り上げた輪郭とみるべきである。猪はケルト美術で最もよく彫られた獣の一つで、軍旗の飾りにも兜の意匠にも現れる。その普遍性がかえって、無銘の像を特定の女神に結びつけることを難しくしている。
系譜と関係
系譜を伝える資料はない。
ディアナとの同一視という点ではアブノバと並ぶが、アブノバの場合は DIANAE ABNOBAE と刻んだ祭壇が現存するのに対し、アルデュイナのディアナ同一視は分布と後代の記述からの推定に近い。アルティオとは、自らの名を負う獣を守るとともに、その獣を狩る者をも庇護するという構図で比較される。ただしアルティオの熊が像と碑文の双方で確かめられるのに対し、アルデュイナの猪は像だけであり、その像の同定が揺れている。似た構図であっても、資料の確からしさは同じではない。
土地の名を負う女神という点では、黒い森のアブノバ、ブリガンティアと部族名ブリガンテスの関係も同型である。ガリアやブリタンニアでは、共同体が自らの土地や部族の名を女神の名として立てる例が繰り返し見られる。
文化的足跡
アルデンヌの地方文化のなかで、この女神の名は森の象徴として繰り返し引かれてきた。1894年に発見された小惑星394番は、この名にちなんでアルドゥイナと命名された。アルデンヌを舞台とするテレビドラマにも、その名を掲げる集団が登場する。