アンフル
オヌリス · オヌーリス · アンフレト
アビュドス地方で崇拝されたエジプトの戦いの神。四枚羽根の冠と槍を持つ。名は「遠くにある者を連れ戻す者」と解され、ヌビアから妻メヒトを連れ帰ったと語られる。
解説
概要
アンフル(jn-ḥrt、ギリシア語形オヌリス Onuris)は、エジプト神話の戦いの神である。上エジプトのアビュドス地方、とりわけティニスで崇拝された。
名は「遠くにある者を連れ戻す者」と解される。神話は、この神がヌビアから妻メヒト——雌獅子の姿をとる、彼の女性形にあたる女神——を連れ帰ったと語る。名がそのまま物語になっている。同じ名は「天を担う者」とも読め、こちらの解釈が後代の展開を決めることになった。
神話・物語
まとまった神話は伝わらない。この神について知られているのは、称号と、祭祀と、王権との結びつきである。
「敵を討つ者」がその称号の一つである。戦いの神として、この神はエジプト軍の守護者であり、王の戦士たちを人格化した存在とされた。祭では模擬戦が催されたという。ローマ期に入っても威信は残り、皇帝ティベリウスがエジプトの神殿の壁に、この神に固有の四枚羽根の冠を戴いた姿で描かれている。
ギリシア人はこの神をアレースと等置した。オリュンポスの神々がテューポーンから逃れてエジプトへ渡り、獣の姿をとって身を隠したという伝説では、アレースは魚(レピドトス)またはオヌリスの姿をとったとされる。
もう一つの筋は「天を担う者」という読みから来ている。四枚羽根の冠を共有することもあって、この神は大気の神シューと同一視され、アンフル=シューという複合神格が成立した。この形ではラーの子であり、テフヌトの兄弟ということになる。ヌビアから女神を連れ帰る話も、シューがテフヌトを連れ戻す神話と重なり合う。
図像と象徴
本サイトが掲げるのは、メトロポリタン美術館所蔵のファイアンス製象嵌(前4世紀、末期王朝〜プトレマイオス朝)である。膝を立てて坐す姿で、頭上に四枚の直立した羽根の冠を戴く。この冠が、他の神格と見分けるための決め手になる。
一般的な図像では、髭を蓄え長衣をまとった男として、槍または投げ槍を手にする姿で描かれる。長衣が腰布に近い形で描かれることもある。獅子の頭を持つ姿で表されることもあり、こちらは力と権勢を表す。
槍を持つ神という点は、エジプトの神々のなかでは目を引く。多くの神が笏とアンクを持つのに対し、この神は武器そのものを手にしている。「遠くにある者を連れ戻す」という名も、狩りと捕獲の語彙に属する。戦いと狩猟が同じ身振りで表されている。
系譜と関係
妻はメヒト。シューと同一視された場合はラーの子、テフヌトの兄弟となる。ギリシアではアレースに、後代の解釈ではシューに結びつけられ、名の読み方の違いがそのまま二つの系譜を生んでいる。
祭祀の記録は具体的である。トトメス4世の時代の大司祭アメンヘテプは、妻ヘヌトがこの神の歌い手を務め、二人の息子ハトとケンナは「陛下の戦車兵」であった。大英博物館所蔵の石碑(EA 902)がこれを伝える。セティ1世の治世の大司祭ネブウェネネフは、ラムセス2世の即位の初めにアメン大司祭へ昇進している。地方神の司祭職が、国家祭祀への足がかりになっていたことが分かる。
文化的足跡
日本語圏では、この神はほとんど紹介されてこなかった。エジプトの戦いの神といえばセトやセクメトが挙げられ、アビュドスの槍を持つ神は名すら出ないことが多い。
もっとも、ギリシア人がこの神をアレースに当て、ローマ皇帝がその冠を戴いて壁に描かれたという事実は、地方神の枠を越えた位置を示している。名の二通りの読み——「遠くの者を連れ戻す者」と「天を担う者」——が、そのまま二つの神格像を生んだ点でも、エジプトの神名解釈の働き方を見るのに適した例である。