アカ・マナフ
アカ・マナフ · アコーマン · アクヴァン
「悪しき心」を意味するゾロアスター教のダエーワ。善き心ウォフ・マナフの永遠の敵対者であり、アフリマンに遣わされて預言者ザラスシュトラを官能の欲望で誘惑した。『シャー・ナーメ』ではロスタムを海に投げたディーヴのアクヴァーンとなる。
解説
概要
アカ・マナフは、ゾロアスター教のダエーワ「悪しき心」「悪しき目的」「悪しき思考」あるいは「悪しき意図」のアヴェスター語名である。
中期ペルシア語ではアコーマン、新ペルシア語ではアクヴァンとしても知られ、アフリマンによって預言者ザラスシュトラを誘惑するために遣わされた官能的な欲望の悪しき力を表す。
その永遠の敵対者はウォフ・マナフである。
対の構造
ゾロアスター教では、善い力と悪い力とが一対一で向かい合っている。ウォフ・マナフとアカ・マナフは、「心」「思い」を意味する同じ語「マナフ」に、「善い」を意味する「ウォフ」と、「悪い」を意味する「アカ」がついた名であり、「善き心」と「悪しき心」の対をなす。六柱の大天使(アムシャ・スプンタ)のそれぞれに、向かい合う悪魔がいるのである。ウォフ・マナフにはアカ・マナフが、アシャ・ワヒシュタにはインドラ(ヴェーダの神インドラとは別の悪魔)が、フシャスラ・ワルヤにはサウルワが向かい合う。善の側の構造が、そのまま悪の側に写し取られている。ゾロアスター教の善悪二元論を、徹底した形で表すものである。
ザラスシュトラの誘惑
アカ・マナフは、悪の霊アフリマンによって、預言者ザラスシュトラのもとへ遣わされた。欲望によってザラスシュトラを教えから引き離そうとしたが、ザラスシュトラはこれを退けた。悪魔が預言者を誘惑するという主題は、仏教のマーラや、キリスト教のイエスの荒野の誘惑とも共通している。
アクヴァーン
新ペルシア語の「アクヴァーン」は、『シャー・ナーメ』に登場するディーヴの名で、アカ・マナフに由来するとされる。アクヴァーンは、眠っているロスタムを大地ごと持ち上げて空へ運び、海に投げ落とした。ゾロアスター教の神学のなかの抽象的な悪の力が、叙事詩のなかでは、具体的な怪物の姿になっているのである。
図像と象徴
固有の図像は伝わらず、本サイトも主画像を掲げない。
「悪しき心」という抽象概念が神格化されている点が、この存在を規定する。ゾロアスター教の悪魔の多くは、悪しき性質そのものの名を持つ。
関わる神格・伝承
ウォフ・マナフの敵。アフリマンに属する。アクヴァーンとして『シャー・ナーメ』に現れる。
文化的足跡
日本語圏でこの名が挙げられることは少ない。ゾロアスター教の二元論を論じる文脈で言及される。
なおゾロアスター教は今日も信仰されている生きた宗教であり、本項の記述はその神格と伝承に関する学術的な整理である。