ロスタム
ルスタム · ロステム · Rostam
『シャー・ナーメ』最大の英雄。七つの難行を成し遂げイランを幾度も救った。霊鳥シームルグに育てられたザールの子で、我が子ソホラーブを知らずに討つ悲劇でも知られる。
解説
概要
ロスタム(رستم Rostam)は、フェルドウスィーの叙事詩シャー・ナーメにおける最大の英雄である。イラン東方ザーブリスターンの領主ザールと、カーブルの王女ルーダーベの子で、七代の王に仕えてイランを幾度も救った。ゾロアスター教の聖典アヴェスターには名が現れず、東イランのサカ系の伝承に発した英雄が、のちにイラン全体の物語へ組み入れられたと考えられている。
神話・物語
誕生からして常人ではない。難産に苦しむ母を救ったのは、父ザールを育てた霊鳥シームルグで、腹を切り開いて子を取り出すよう教えたと語られる。生まれた子は乳母十人分の乳を飲み、たちまち成人の背丈になったという。
最も名高いのは、王カイ・カーウースを救うためにマーザンダラーンへ赴く七つの難行(ハフト・ホヴァーン)である。獅子、渇き、竜、魔女、そして最後に洞窟の白鬼ディーヴェ・セピードと戦い、その肝の血で王と兵たちの盲いた目を癒した。
一方で、ロスタムの物語は悲劇によって記憶されている。トゥーラーンで生した子ソホラーブは、父を探して軍を率い、名を名乗らぬまま父と一騎討ちに及ぶ。ロスタムは相手を刺したのちに腕の護符で我が子と知り、癒しの薬を求めるが王は与えず、子は息絶える。のちに王子エスファンディヤールと戦ったときも、正面から勝てぬロスタムはシームルグの教えに従って目を射た。無敵の若者を倒したこの一矢は、彼自身に消えぬ呪いを残したと語られる。最期は、王位を望む異母兄シャグハードの謀略により、刃を植えた落とし穴に愛馬ラフシュもろとも落ちて果てた。
図像と象徴
ロスタムの標識は三つある。虎皮の胴着バブレ・バヤーン、栗毛の駿馬ラフシュ、そして牛頭の棍棒である。細密画ではこの三点によって、他の武人と一目で見分けられるように描かれた。
白鬼との格闘は最も繰りかえし描かれた場面で、本サイトが掲げるのは1430年ヘラートのバイスングル本『シャー・ナーメ』の一葉である。洞窟のなかで巨大な黒い鬼と組み合う構図は、以後の写本にも引き継がれた。図像の歴史はフェルドウスィーより古く、8世紀ソグドのパンジケントの壁画には、すでにロスタムの武勲とみられる連続場面が描かれている。近代には、カフヴェハーネ(喫茶店)を飾る民衆絵画や、絵解きの語り芸パルデ・ハーニーの掛け図の主役となった。
系譜と関係
父ザールは白髪に生まれて山に捨てられ、シームルグに育てられた人物である。祖父サーム、母ルーダーベを通じて、ロスタムの家系は蛇王ザッハークの血にも連なると『シャー・ナーメ』は述べる。子はトゥーラーンで生したソホラーブと、のちの英雄ファラーマルズ。仕えた王はカイ・カーウースからカイ・ホスローまで七代に及ぶが、王への忠誠と、王の愚行への苛立ちのあいだで揺れる人物として描かれる。
文化的足跡
ロスタムとソホラーブの一節は『シャー・ナーメ』のなかでも早くから独立して読まれ、19世紀にはヨーロッパの詩人にも翻案された。イランでは名がそのまま英雄の代名詞であり、絵画・語り芸・映画に繰りかえし現れる。日本でも岩波文庫や東洋文庫の『王書』の翻訳を通じて、その物語が読まれてきた。