アガスティヤ
カラシスタ · クンバヨーニ · ガトーッドバヴァ
『リグ・ヴェーダ』に名の見える聖仙。海水を飲み干し、ヴィンディヤ山を鎮め、南インドへ最初に下った者として伝えられている。
解説
概要
アガスティヤ(Agastya / अगस्त्य)は、『リグ・ヴェーダ』にすでに名の見えるインドの聖仙である。サプタルシ(七聖仙)には数えられないが、それに準じる存在として広く敬われてきた。ヴァルナとミトラの精が壺に落ちて生まれたとされ、水がめの子を意味するカラシスタ、クンバヨーニなどの別名をもつ。南インドへ最初に下った者とされ、タミル文学の祖とも仰がれる。
神話・物語
『リグ・ヴェーダ』では対話篇に現れる。インドラとマルト神群が彼の祭祀の場で口論を始めたとき、両者のあいだに立って和解に努めた(1.165、170、171)。妻ローパームドラーとの対話篇(1.179)では、苦行に打ち込んで妻に近づこうとしない彼に対し、老いを恐れた妻が迫り、ついに彼が応じるという筋が語られる。
『マハーバーラタ』は彼の事績を三つ伝える。第一は妻の創造である。子孫を残すよう祖霊に勧められた彼は、あらゆる生きものの最も優れた部分を集めて一人の少女を造り、ヴィダルバ王に与えた。成長したその娘ローパームドラーを妻に迎える。第二はヴァーターピ殺しである。アスラのイルヴァラは弟ヴァーターピを料理に化けさせて客に食べさせ、名を呼んで腹を破らせるという手口で多くの聖仙を殺していた。彼はこれを平然と食べ尽くし、呼ばれたときにはすでに消化し終えていた。第三は海水を飲み干した話である。ヴリトラの残党カーレーヤが海に隠れて聖仙たちを襲ったため、彼は神々の求めに応じて海を飲み干した。隠れ場を失ったアスラは滅ぼされたが、海はそのまま失われ、のちにバギーラタがガンガーを地上へ招いたことで戻ったと語られる。
南インドとの結びつきを語るのが、ヴィンディヤ山の説話である。太陽に自分の上を巡るよう求めて断られた山は、怒って背を伸ばし、日月の通り道を遮ろうとした。そこで彼は、南に用があるので越えさせてほしい、背を伸ばすのは自分が帰ってからにしてほしいと頼む。山は承知したが、彼は南へ行ったきり戻らなかった。山は今も約束を守って背を伸ばさず、彼の帰りを待っているという。
図像と象徴
短躯の聖仙として描かれ、水がめを伴う作例が多い。象徴となるのはその壺であり、出生の由来であると同時に、海を飲み干す器としても機能する。南インドの寺院では独立した祠に祀られる例があり、タミル・ナードゥのポティガイ山を住処とする伝えが今も生きている。
系譜と関係
ヴァルナとミトラの子とされ、ヴァシシュタとは同じ壺から生まれた兄弟にあたる。妻はローパームドラー、子はトリダユス。『ラーマーヤナ』ではラーマの協力者として現れ、黄金の弓ブラフマダッタを授けている。
文化的足跡
タミル語の最古の文法書『トルカーッピヤム』の伝統は、その師を彼に遡らせる。タミル文学の祖とされるゆえんである。シッダ医学の開祖の一人としても数えられ、その名を冠する医方書が多く伝わる。南インドから東南アジアにかけて信仰が広がり、ジャワやカンボジアの寺院にもアガスティヤ像が残る。ヒンドゥーの聖仙のうち、東南アジアで独立した礼拝像をもつ数少ない例である。
なお、南天の星カノープスは彼の名で呼ばれ、ヴィンディヤ山を越えて南へ去った聖仙が星となったものと解されてきた。北で見えず南で見えるという観測事実が、そのまま説話と対応している。